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モブトエキストラ

左利きのメモ魔が綴る名もなき日常

8月26日 人間が格下げされた時に否定できるかどうか

00-06 CH

06-12 HC

12-18 ×

18-24 CCCH

 

C. 関東地方 -1-1-0-3=5

 

H.九州地方  -1-1-0-1=3

合計回数     -2-2-0-4=8

 

02:05 鳥島近海      490/6.1 ②

02:28 熊本県熊本    10/3.4 ③

08:00           〃         10/2.0 ①

10:00 茨城県沖        50/3.8 ①

18:28 千葉県東方沖 10/3.3 ①

20:22           〃         10/3.3 ①

21:47 熊本県熊本     10/2.7 ②

 

鳥島近海でこんなに大きな地震があったのに直後に関東内陸部が全く揺れなくなったというのは、一体どういうことが読み取れるのだろうか。神奈川の一部で揺れたみたいではあるが、全然気づかなかった。まぁ、寝てたら分からないよな。

 

 

トゥギャッターって便利だなぁと思った。

 

 

真夏に散歩させるのは虐待だよなぁ…

 

この間、思ったんだけども、人間はコンクリートアスファルトの上に住んでるじゃないですか。

例えば街路樹の葉っぱが落ちても大地に吸収されないんですよ。排水溝に詰まってしまうばかりで。セミだって仰向けになって事切れたとしても大地に分解されない。つまり生命の循環を拒んだ社会に生きている。

なのに生殖活動して子供つくって、そんな地面の上をベビーカー押して歩いてたりする。「人間やばいなぁ」と思うんです。

自分もその人間の姿をして底辺にいるんですけど、それを疑問に思って「なんでこんな形してるんだろうか」と考えるといよいよ頭がおかしくなってくる。

不自然にしか生きることのできない私たちが誠実に生きるには矛盾が生まれてくるんですよね。きっと。

実存主義で考えればいくらか解釈が楽になるのでしょうけど、仮に人間の価値観を持った新人類がある日に生まれて、人間にとっての害虫だとか外来種みたいな捉え方で新人類が人間を見たら、「やめてくれ!」とか「殺さないでくれ!」って否定できないんですよね。

そうしないと生きれない集団ですから。

 

進撃の巨人」とか「シンゴジラ」が流行るのって、実はみんな気づいてるんじゃないかと思うんですけど考えすぎですかね。

 

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