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モブトエキストラ

左利きのメモ魔が綴る名もなき日常

【100de名著】第四回「永遠平和のために」

テレビの感想

名著57 永遠平和のために:100分 de 名著

恒久平和」を実現するために、カントは、根本にさかのぼって「道徳と政治」の関係を深く考察する。カントは「道徳」の根本が「無条件でしたがうべき命令を示した諸法則」であることを解明し、既存の「良心に基づく道徳」というイメージを覆す。つまり「道徳」は良心の問題ではなく、「普遍的なルールとしてあらゆる人の利益や都合を保証するために活用されるもの」だというのだ。この前提に立てば、たとえ自分の欲望を最優先する悪魔が国家の成員であったとしても、ルールに従わざるを得なくなるメカニズムを構築できるのである。第四回は、カントが確立した「倫理学」も交えながら、人間が戦争を避けるための政治と道徳の在り方や人間の在り方を探求する。

 

道徳と誠実について

 

「道徳に基づいた法によって紛争を解決する」=公法の状態

 公法の状態を実現することは義務であり、同時に根拠のある希望でもある。
これが実現されるのがたとえ無限に遠い将来のことであり、その実現に向けてたえず進んでいくだけとしてもである。
だから永遠平和は(中略)
たんなる空虚な理念でもなく実現すべき課題である。

 

道徳と政治の一致

公法の状態→あらゆる国家が共通の法に従っていること

法律→誰にでも例外なく公平
道徳→誰がどんな場合でも無条件に従うべきもの

 

カントの唱える道徳とは?

例えば、何年にもわたって毎日暴力を受けている女性が友人であるあなたの家を訪ねてきました。あなたは彼女を匿います。
すぐに夫があなたの家のチャイムを鳴らし「私の妻はいないか?」と訊いてきた。
この時、本当のことを言うか、嘘をつくか…

 

道徳の判断基準は「形式>内容」

汝の主観的な原則が普遍的な法則となることを求める意志にしたがって行動せよ

 

形式=「誰もが行ってもいいと思うことをどんな場合でも行わなくてはならない」

 

  1. 暴力を振るわれた被害者を嘘をついて匿うことを誰がやっても良いと思うならば道徳的と考える。
  2. 誰もが例外なく従わなくてはならないのが道徳の形式である。
  3. 法律の中に例外規定があると守らなくなるので、公平性の確保のために道徳の形式を応用している。

 

悪魔が公平にケーキを食べるには

「カントの主張」=『邪悪な悪魔でも知性さえ備えていれば法律を作り国家を作ることができる』

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↑手づかみ(笑)

善悪もスプーンもフォークもないですね。

 

形式を定める

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↑ポイントはどのような条件であっても平等にならなければならないこと。

ケーキを切る場合は切り揃える悪魔は最後に残ったケーキを取ることで平等になります。

一人の例外もなく誰もが均等になることを公平性が担保されているという状態。

 

伊集院)なるほど、よくできてるな。一回りして道徳的というか。

 

萱野)利己心を認めたうえで平和がもたらされるように考えるのがカントの出発点です。

仮に人数もケーキの大きさも違う場合にケーキの切り方を定めていたらキリがないですよね。ですから、ケーキを切る人が最後に取る方式を選ぶ。これが形式で考えるということです。

 

伊集院)いくら型紙があっても足りないですもんね。

 

磯野)私たちが普段守るべき法律は公平性が担保されている状態と言えるのでしょうか?

 

萱野)カントは公平性を実現する過程には終わりがないと考えていて、少しずつ公平性を高めていくべきだと。

我々も無限のプロセスの中で公平性を少しでも実現していくことが、法に対する尊敬、或いは守ろうとする気持ちを高めていくと考えられます。

  

「公開性について」

国家における国民と国家間の関係に関して経験によって与えられている様々な関係から、法学者がふつう想定するような公法のすべての内容を捨象してみよう。
すると残るのは公開性という形式である。
いかなる法的な要求でも公開しうるという可能性を含んでいる。公開性なしにはいかなる正義もありえないし、いかなる法もなくなるからだ


公開性=全ての人の眼差しに耐えうるものである

 

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↑悪いこと考えてます

切る過程がカーテンで隠されたとしたらどうなるでしょう?
自己利益を最大に確保したうえで、残りのケーキを平等に分配するでしょう。これがバレた時、不満が噴出して争いが発生する。

みんなの目に晒されていることが公平性を守ることにつながります。


永遠平和とは公法の状態を実現すること

人間愛と人間の法に対する尊敬は、どちらも義務として求められるものである。
しかし、人間愛は条件付きの義務にすぎないが法に対する尊敬は無条件的な義務であり端的に命令する義務である。
法にたいする尊敬の義務を決して踏みにじらないことを心から確信している人だけが、人間愛の営みにおいて慈善の甘美なる感情に身を委ねることが許されるのである。

 

人間愛>法に対する尊厳
性善説は平和を構築するうえで無力であり、理想を超えた哲学が不可欠である。

 

萱野)公平性があれば他人にも同じことを求めることができます。自分だけ有利な法律が作られても、オレも認めろという人間が出てきます。

公開しみんなの検証に耐えうることが大切です。

 

磯野)国家と国家の関係性においてもですか?

 

萱野)国家間で大切なことは法律を強制する機関がない中で、各国に法律を守ってもらうことが一番大事なことです。そのために各国が法律を尊重しなければならない。

強国が自分の都合のいいように法律を定めることは多い。だからこそ公平性が必要であるとカントは考えたのです。

 

伊集院)核の問題もそうですよね。ウチは何発持っていて、何発減らしましたとか公平性は高まってますけど…

 

萱野)自分たちは持っているのに他の国は持ってはいけないというのは「強国の論理」ですよね。

しかし、核不拡散条約は最終的に核を無くす法律ですから、いくら強国だからといってもあらゆる国が核を無くすことが公平だといえる。カントが言っているのは公平性の実現には時間がかかるが、方向性だけは明確であるということ。

 

伊集院)分からないことはたくさんありましたけど、「結局知性だよ」ってずっと言われてる気がしました。

人間はもともと善人だから考えなくてもいつか平和はくるんだよってことではなくて、悪魔であっても知性が作れれば国家を作ることができる。

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もっと言えば、知性で悪を制御できるルールを作ればもはや悪魔ではないみたいな。冷静なんだけど希望に満ちた話を聞いた気がするし、宿題を出された気がします。

 

萱野)永遠平和はあくまでも努力目標みたいなものですが、我々がもっている欲望・利己心を活用する方法を考えて実現しようという努力目標です。

人間が利己心に満ちて行動している中にも平和に向かっていく要素が実は隠れている。これを上手く活用すれば少しでもいい世界に進めますよというのがカントの提言だと思います。

 

伊集院)人間のワガママを認めてくれたうえでこのやり方があるというのは、物事が決まらない時間のかかり方に辟易する中でもやっぱりそうじゃないと。

色んな考えの中にカント的な考えを取り入れていこうと思いました。

 

以上。

 

また伊集院さんが解説を上回る理解力を発揮。ルールを作ることで悪魔ではなくなるという可能性に言及。優等生すぎてカントも喜んでいるに違いない。

それにしても手づかみでケーキを食べる悪魔がワイルドすぎて少し笑ってしまいました。テーブルマナーを学べば悪魔も減るかもしれません。

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