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モブトエキストラ

左利きのメモ魔が綴る名もなき日常

「本当はひどかった昔の日本ー古典文学で知るしたたかな日本人ー/著 大塚ひかり」

読書感想文

ページをめくるたびに気分が重くなる…

ふと考えてみると、抽象度の高い小説や、ノスタルジックに溢れた小説を読んだあとはだいたいノンフィクション作品を読んでいることに気がつきました。いつの間にか現実に引き戻す読書サイクルが私の中にできているようです。

 

この本の表紙を見ててっきり妖怪か何かの本だと思って手に取ったのですが、題名を読むと古典文学と現在の対比した作品とのこと。

私は歴史が苦手で、その一因は読みにくくて覚えにくい人物名にあったりします。国語は得意でしたが古典はクソでしたねぇ。(クソ言うな)

そんな黒歴史を本屋でフラッシュバックしつつ、表紙とタイトルの変なギャップにやられて買ってしまいました。

 読み始めたらまぁ、グロいのなんの…笑

というのも文献を元に文章が構成されているので、解説は詳細なうえ、複数のものを参考にしてるから、可能性が高い事例が列挙されているんですよ。イザベラバードとか出てきました。

 

だから救いが無い…笑

 

目次を書いてみますね。

 

第一章 捨て子、育児放棄満載の社会ーー昔もあった大阪二児餓死事件

 

第二章 昔もあった電車内ベビーカー的論争ーー「夜泣きがうるさい」と子を捨てるシングルマザーに迫る村人たち

 

第三章 虐待天国江戸時代ーー伝統的「貧困ビジネス」の実態

 

第四章 本当はもろかった昔の「家族」ーー虐待の連鎖も描かれていた『東海道四谷怪談』

 

第五章 マタハラと呼ぶにはあまりに残酷な「妊婦いじめ」

 

第六章 毒親だらけの近松もの

 

第七章 昔もあった介護地獄ーー舌切り雀の真実

 

第八章 昔もあったブラック企業ーーリアル奴隷の悲惨な日々

 

第九章 昔もいた? 角田美代子ーー家族同士の殺戮という究極の残酷

 

第十章 いにしえのストーカー殺人に学ぶ傾向と対策

 

第十一章 若者はいつだって残酷ーー「英雄」か「キレやすい若者」か

 

第十二章 心の病は近代文明病にあらず

 

第十三章 動物虐待は日常茶飯事ーーそして極端なペット愛好

 

第十四章 究極の見た目社会だった平安中期

 

第十五章 昔から、金の世の中

  

久しぶりに本を読んで嫌な気持ちになりましたねぇ。妊婦の腹にアイロンかけて平たくするという描写なんて映画の『SAW』みたいなサイコスリラーじゃないですか。

安土桃山時代とか室町時代は「力が全て」の傍若無人な人間がわんさかいたんでしょうね。 海外の童話で「ヘンゼルとグレーテル」ってあるじゃないですか。あれは子どもを食べようとする鬼婆の話ですけど、この本の中に似た話があるんです。

第八章「昔もあったブラック企業」のパートで説経節『さんせう太夫』という作品が紹介されていて、借金の代わりに売られた姉弟が厳しい児童労働下に置かれて地獄のような日々を生きるんです。

姉はこの地獄からなんとか弟を脱出させようと隙を見て逃したんですけど、「弟をどこにやった!」って、姉は髪を短く切られたうえに湯責、水責の拷問を受けて16歳という短い一生を終えるんです。

 

もうね、胸が痛くて…

 

日本には奴隷文化はなかったという認識が明確に崩れ去りました。 豊臣秀吉が貿易商に対して人身売買をやめろと意見したそうですが、売買が成立するということは日本国内にもマーケットがあったと考えるほうが自然ですし。

吉原で売春することは合法化されてますから、ある意味で子どもが売られてしまうことが容認されている。

また、江戸以前の社会は今のような社会ではなく、自己利益の追求を前提とした利害一致によるコミュニティだったと感じました。とにかく弱いものを虐げて簡単に殺すんですよ。うるさいから赤ん坊を殺したり、病人は汚いから捨てる。そんな文化だから山賊か何かにレイプされそうになった母親が身代わりに子どもを差し出すことが肯定される。倫理観よりも前にサバイバルというか、自己保存が優先される世界であって。

しかも、権力者による犯罪は揉み消されてお咎めなし。

読んでいたら腹が立って何回か「バールのようなもので殴りたいわぁ」って破壊衝動が湧きました。

 

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この絵は、尼崎の角田美代子のマインドコントロールによる犯罪と「さんせう太夫」に復讐した王子のことが書かれているパートのものです。 

切れ味の悪い竹鋸で首を引く、というのは戦国時代の拷問や処刑によく見られるもので、「子どもに親を殺させる」というのはキリシタンの拷問にも見られます。

「母親の恥部に亜麻くずをつっこみ、息子たちを同じ可燃性物質でしばりあげ、父親や娘たちも同じように、お互いに火をつけあいさせ、考えもつかない苦しみ、痛みを与えた」(島田孝右『菊とライオン』)

と。

究極の残酷は、家族同士で殺し合いをさせること。

安土桃山時代の為政者は、それが分かっていたからキリシタンを拷問する際、そうした方法を使ったのですが、角田美代子も意図的か、意図的でないのか、それをしていたわけです。

ほら、読んで嫌な気分になったでしょう? この本はずっとそうです笑

家族を殺させるって、現代の少年兵のスカウトと同じですよね。

武装組織の人間は少年の帰る場所を無くすために村を焼かせたり、母親を殺すように仕向けるんです。マインドコントロールだけではなく薬物も使いますが。

お名前を忘れてしまいましたが、高野秀行さんのソマリランドを読んだ室町時代の研究者の方が、ソマリア室町時代は似てると言っていたのが何となくわかる気がしました。

 

まぁ、土台がめちゃくちゃな社会だったのですから、子どもや病人を捨てることを禁止した「生類憐みの令」ってスゴイ意味のある法律だったんだなぁと再認識させられました。

 最近のニュースだと福島県から避難している児童に対して差別や恐喝が行われた事件がありました。しかも新潟県では担任が差別に加担していたという…

人間の性質は変わらなくて環境とシステムが重要なんだなぁと感じます。

もちろんシステムを作る人間の資質も問われるべきで、閉鎖的な社会のルーツに聖徳太子がいるっていう。

「和を以ちて貴しとし、忤ふる(逆らう)ことを無きを宗とせよ」

自浄作用を排除する「事なかれ主義」って保険が効かないリスクがあると思います。

これがいわゆる中空構造であって、この民族は不完全なシステムに服従し続けてて、バグってる社会の中だと支離滅裂が日常になる。それが繰り返されて立法に携わる人間が白紙の領収書に自分で書いても許される現代日本になっている。

 民主主義も完全ではありませんし、本来あるべき機能を発揮する前に「ほら見てみろ、やっぱりだめじゃないか!」と見切りをつけて、短絡的な思考に走ってしまえば合法的にヒトラーを生み出す装置にもなってしまいます。個人がどこまでを考えて行動するのか、世界から人間に対して普遍的に問われているのかもしれません。

 

この本は懐古主義に対するアンチテーゼでもあり、現代に足りない物がなんなのかを気づかせてくれる本です。

単体というよりも複数の本と合わせて読むと賢くなれると思います。読むには一定の抗体が必要になりますけども。

とりあえず私は杉浦日向子さんの本の横にこの本を置いておこうと思います。

  

 

 

 

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