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モブトエキストラ

左利きのメモ魔が綴る名もなき日常

【チャップリンとヒトラーについて】ゲスト:大野裕之(日本チャップリン協会会長)

JamTheWorld

 JAM THE WORLD : J-WAVE 81.3 FM RADIO

同じちょび髭で、誕生日がわずか4日違い。
さらに、二人とも、メディア・イメージ戦略に長け、一人は20世紀最も愛された喜劇王、もう一人は最も憎まれた独裁者に…まさに宿命の二人。
その二人はついに、第二次世界大戦中に公開された(ヒトラーを風刺する)
チャプリンの映画「独裁者」をめぐり、
「メディア」という戦場で対決することになります。
ヒトラーが世界を席巻するなか、チャップリンはどうようにしてヒトラーと戦ったのか? また、二人は、どのようにメディアを利用したのか?
海外でも知られるチャップリン研究家で「チャップリンヒトラー メディアとイメージの世界大戦」の著者で日本チャップリン協会会長の大野裕之さんをお迎えして、笑いと政治、そして、メディアと政治について考えていきたいと思います。

以下、メモです。

 

青木さん)チャップリンヒトラーを比べようと思った理由はどうしてですか?

大野さん)ほとんど同時期に生まれた二人は20世紀の光と影として対比されることはあったものの、研究している人が少なかったのでやってみようと思ったんです。

チャップリンは5歳でステージデビューをしてからアメリカでヒットしました。一方でヒットラーは画家になりたかったんですが才能がなく、無為徒食というか、今で言うひきこもりのようになり、第一次世界大戦で身を立てようとしましたが、国も負けるし上手くはいきませんでした。ちなみにこの時にチャップリンは成功していましたが。

だいたい30歳前後に後のナチスになる組織に身を置くんです。敵を定めて「あいつらさえいなければ良くなる」というような、今に通じるある意味で発明をしました。

1926年にチャップリンの「黄金狂時代」という作品が公開された時に評論した人間がユダヤ人だったので、ナチスあいつはユダヤ人だ!と言い始めたのです。これは今でいう在日だ!というネトウヨと全く同じで私は怖くなりました。

 

それまでは、ある単一の画像が全世界で共有されることはなかったので、チャップリンは世界で初めての成功者といえます。これによりチャップリンを模倣した人があちこちで出てくるんです。本来であればヒゲをどこにつけようと自由ですが、チャップリンが裁判に提訴して勝つんです。100年も前にキャラクターという概念をチャップリンは発明したわけです。一方でヒトラーは当時は野党でこれを真似するわけです。

 

青木さん)チャップリンは初めてのスターでありヒトラーはそれを利用した初めての独裁者だということですね

 

大野さん)はい、映像はどちらにも転ぶということです。

 

青木さん)日付についての類似点があるということですが?

 

大野さん)まずは誕生日ですね。チャップリンが1889年の4月16日に生まれて、その4日後にヒットラーが生まれました。

チャップリンのヒゲが確認できた日は1914年の2月7日に公開された「ヴェニスの子供自動車競走」という映画です。

一方、1914年の8月1日のミュンヘンの群衆を撮影した写真に映り込んだヒトラーはあのヒゲを生やしているんです。全く違う場所にいる二人がほぼ同時期にヒゲを生やしているんです。

また、ヒトラーポーランド侵攻を始めた4日後に独裁者の撮影を始め、ヒトラーのパリ入城の4日後にチャップリンがあの有名や演説を撮影したのです。これは偶然というよりも必然ではないでしょうか。

もともとチャップリンはナポレオンをモデルに独裁者の映画を撮ろうとしていたようですがそれをやめてヒトラーにしようと考えるのです。配給会社からそれだけはやめてくれと言われても撮ったのはコメディアンの意地だと思います。

 

青木さん)芸術家としてのチャップリンの叫びは今に通じると思いました

 

大野さん)当初の台本は日本のみなさん!とか、スペインのみなさん!と、世界の観客に呼びかけるものだったんですが、結局はカメラ越しに観客に呼びかけるスピーチが時代を超えているんです。

 

青木さん)今の世界の排外主義や差別を考えると耳を傾けるべきですよね

 

大野さん)ヒットラーって何をした人なのかといえば、ヒットラーはずっと煽り続けた人なんです。

 

青木さん)なんかどこかで聞いたことあるような…(苦笑い)

 

大野さん)多いときは1日に3回も演説を行っていたのですが、チャップリンの「独裁者」が公開されてからは年間7回に激減するんですよ。

笑いのめしたことによりチャップリンがメディア戦争に勝ったということです。つまり、何よりもユーモアが大切であるということが重要なんです。

ナチスの資料庫には様々な資料があったのですが現存するのはチャップリンのインタビュー記事なんですよ。イメージを汚されることを嫌ったんですね。

 

青木さん)独裁者や権力者にとってはそれが怖いのでしょうね。

 

大野さん)そう思います。

 

青木さん)そんな大野さんが「京都のおねだん」という本を出すと。それとヒッチコックの映画の上映があるんですか?

 

『京都のおねだん』(大野裕之):講談社現代新書|講談社BOOK倶楽部

 

大野さん)東銀座で行いますのでよろしければ。

 

青木さん)明日から三連休ですからね。

大野さんのお話を聞いて、同じことの繰り返しの中で学び取ることが重要だなぁと感じました。

 

大野さん)あの、最後にひとついいですか?

チャップリンは自分のことを「ピースモンガー(平和挑発者)」ですと言っていたんです。

普通は「ウォーモンガー(戦争挑発者or戦争屋)」というのですが。

つまりはパシフィスト(反戦主義者)なんですよね。今でいう炎上みたいなノリで立ち向かった。新たなチャップリンを待つよりも、私たち一人一人が平和を煽っていくことが重要です。

 

おわりに

ツイートでメモを取ろうと思ったのですが、思った以上にお話が面白くて、ツイートが反映されるまでのタイムラグを嫌ってズラズラとした文章にしてみました。

もちろんメモにすぎませんので、興味のある方は冒頭に貼り付けた番組サイトのURLからタイムフリーを聞いてみて下さい。期間は一週間ですのでお早めに。

 

おわり。

 

 

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