モブトエキストラ

左利きのメモ魔が綴る名もなき日常

「ユートピア / 著 湊かなえ」の感想

久しぶりに本屋さんに行った。

この時期は夏休みという事もあって、学生が手に取りやすいようにコーナーが作られ、色鮮やかなポップが飾られていたりする。「ペンギンハイウェイ」とか「未来のミライ」とか旬なメディアミックス作品は興味をそそるし、絶滅した動物の図鑑だとか、分子やら原子核を視覚化した図鑑だとかを見ると、文明の発達に比例して本の内容が充実していくことに気付かされる。
今回はとくに買いたい本が決まっていたわけじゃなくて、面白そうなのがあればと探索するのが目的だった。(Amazonのターゲット広告で提示される本はどれもイマイチなんだよなぁ)
私の購買意欲を掻き立てたのは『キャンペーン』 本を買うとオマケが付いてくるなんて素敵すぎて仕方ない。
『貧乏人に夢を与えてくれてありがとう!』という希望に溢れた私は絶望が欲しくなり(何でやねん)、湊かなえ先生の作品の前で立ち止まった。

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「新刊」「善意は悪意より恐ろしい」という文字が目に入る。
何回目だよというぐらいに書くが、星新一さんの『善意の集積』が好きな私には後者の一文がかなりのフックで「これは買うしかない」と判断。


出版社の思う壺ホイホイでレジに行き清算したが貰えねーでやんの。
うわぁ。マジかよ。猫で喜びたかったのにぬか喜びだよ。

_(┐「ε:)_

第一章 花咲く町

第一章だけで頭がパンクしました。笑
名前覚えられない病の私にとっては普通に読む事はできず、相関図を作りながら読み進めました。
主人公は堂場菜々子、星川すみれ、相葉光稀の3人。
その3人が、車椅子利用者に優しい町づくりを目指すために作った「クララの翼」のメンバーとして雑誌のインタビューに答えるという構成で物語は始まります。
第一章は主にそれぞれがこの町に来た背景と、鼻先ユートピア商店街で行われるお祭りの為、実行委員会で3人は顔を合わせたという場面を中心に書かれています。ただ、他に家族やら友人関係やら合わせて20人が登場します…。

パニック \(^o^)/ 笑

一章だけでもう「ハッピーエンドは無いんだろうな」と思わせる嫌な雰囲気の連続で、資産家を殺害した容疑で指名手配されている芝田(5年前がキーワードっぽい)のポスターが出た瞬間に「あれ?これユートピアじゃなくてポートピア連続殺人事件なの?」と私の脳みそは誤認識し始めました。(パニックパニック)
嫌な雰囲気の作り方が本当に上手くて、誰もが体験したような貧乏くじを引かされる感じ。桃鉄でいうとライバルにキングボンビーをなすりつけてカードで安全圏にワープする感じですね。
具体的に一つ。

虚しさや怒りを花に変えれば少しは気が紛れると、編み物を教えてくれたのは義母、道子だったが、当の本人はその怨念が込められたストールを巻いて、寝たきりの夫を見捨て、5年前に行方をくらました。自分もいつか出て行ってやるのだ、と数えきれないほどの空想はしてみても現実にはならないことは解っている。

堂場菜々子は花のモチーフを作るのが得意なのですが、もともとこれは義母から教わったもので、その義母は寝たきりの義父の世話に疲れて蒸発してるっていう…。
このように文章の前半では「花のモチーフ」だったものが後半では「藁人形」へと変化しているのが分かります。湊かなえ先生の素晴らしくサディスティックな魔法がガンガン来るので、引きずり込まれて商店街の住人にされないように気を付けなければなりません。
危なくなったら特急カードで逃げて下さい。

第二章 花咲き祭り

「今、堂場さんが何考えてるか当ててみましょうか」
健吾が可笑しそうに言った。菜々子はとっさに表情を隠すように頬を押さえた。
「人殺しがあったような場所に、よく家を建てる気になったな」
もう俯くしかなかった。それが肯定しているという合図になるとしても。

第二章は斜陽な町の中で新しく経済を回そうとする芸術家の人々と地元民との価値観の違いがベースにあって、その上に「ママ友」というアドラー心理学もお手上げになりそうな人間関係が歯車をギュルギュルギュルと回転し始める内容です。
また、5年前に発生した殺人事件のせいで買い手がつかなかった土地を購入したのが元ハッスイ社員の宮原健吾(すみれのパートナー)という、蝶ネクタイにメガネの少年が大好きなミステリースメルが漂っています。
そんなミステリースメルをかき消すようにボヤ騒ぎが発生!
久美香(菜々子の娘)の車椅子押していた彩也子(光稀の娘)は避難しようと背負いますが、倒れてしまって顔からダイブ。近くにいた高校生に運ばれ二人はどうにか助かるも「なんで勉強もできて、可愛い顔の我が子がこんな目に遭うんだ!地元民Fu◯k!(こんな事は言ってない)」と光稀は苛立ちます。
それでも彩也子は祭りを楽しみにしていたのでスタンプラリーのために買い物を継続。彼女が手に取ったのは誰も買わなかったすみれが作った一つ二千円の陶器で、久美香の分も欲しくなり光稀の財布から四千円が羽ばたこうとしていた。
すると、すみれが「出血大サービスなんだからね!(言ってない)」と三千円にまけてくれます。
その羽のついたストラップを久美香に渡すまでが第二章の主な内容です。

読んでいて「あれ? この嫌な雰囲気どっかで感じた事あるぞ?」と思って脳内検索してみたところ…M・ナイト・シャマラン作品だ!」と記憶の復元に成功。
もう少し分かりやすく書くと、この「不気味さ」の正体は日常と非日常を行ったり来たりする事で発生する違和感にあって、映画『シックス・センス』みたいに幽霊が見える人間と見えない人間であったり、映画『ハプニング』みたいに感染した人間とそうでない人間というような、同じ風景でも立場の違いによって見え方が違うという前提があるから、一枚の絵の中に放り込まれると収まりの悪さが生じる。これがミステリー要素のテンプレとしましょう。(アンジャッシュのコントもミステリー要素ね)
それで、湊かなえさんの文章とシャマラン作品の共通点はこのテンプレの上にギスギスした人間関係のレイヤーがあるんです。
『いかにしてコミュニケーションを遮断するか』という目線だと私は勝手に解釈してます。

第三章 心に花を

相葉光稀は眉の上で切り揃えた彩也子の黒く柔らかい前髪を片手で搔き上げ、もう片方の指先で渦を描くように、彩也子の額の傷に軟膏を塗り込んだ。消えろ、消えろ、と念を込めるようにして。

第三章は菜々子、光稀、すみれ、それぞれの人格と互いの距離感について書かれています。
作品を作っても地元民に評価されないすみれが、光稀の娘である彩也子の作文が新聞に載ったことをきっかけにワンチャン目指す感じは闇を感じざるを得ません。
評価してもらう以前に作品を見てもらえないというのは、イラストとか小説とか動画制作とか色々なものに当てはまる事なので、多くの読者が「あっ、これ自分だな…」と感じる部分だと思います。
でも、だからと言って他人の子どもを使ってサイトのPV稼ぎをするというのは良心の呵責を踏み越える必要があると思います。すみれは自分よりも下に見ていた小梅という大学時代の同級生がいて、その同級生が日本人女性で初めてベネチアの芸術祭に呼ばれた事に嫉妬心を覚え、それを原動力にしている部分があります。私はここに「嵐の前の静けさ」を感じました。

あと、雑誌のインタビューに3人(菜々子、光稀、すみれ)が答えるという形で読者は物語を理解していくわけですが、この雑誌「FLOWER」は光稀の大学の友人が関わっている雑誌であることが分かります。どのようにストーリーに関係していくのか今の所分かりませんが、菜々子が高卒だった場合に学歴の劣等感が生まれる可能性はありますね。

第四章 誰がための翼

「落ち着いて。勘違いしちゃダメ。芸術村は一つのコミュニティであっても、芸術は個々のものなの。みんなでアレを作りましょう。みんなでコレを作りましょう。なんてやってたら、何を求めてこの町にやって来たのか解らなくなるでしょう。ましてや、売れているものに乗っかろうなんて。むしろ、私は『クララの翼』に声をかけられたら、断るわ。……ここだけの話。偽善活動は大嫌いなの」
byミレイ(オーストラリア出身の写真家ベンの妻)

第四章はお祭りから五ヶ月が経過しています。新聞やサイトの反応が返ってきて、それぞれがいかに受け止めたのかを中心に書かれたパートでした。今までよりもハッキリしていて、心の底にあった感情が表面に浮き上がってくるのが面白いところです。

まず、自分の娘である彩也子を自慢したい光稀がハブられます。←おーまいがー
取材については、すみれが仕切っていて、テレビ局からの要望で「美少女の額に傷があると企画がブレるから、すみれと久美香だけでオネシャス」と言われたんですよぉ〜なぁに?やっちまったなぁ!と光稀に告げる。(すみれはそんな言い方はしていないし、杵と臼で土をこねる陶芸家ではございません)
ここでさらにややこしいのが、もともと雑誌にインタビューされたのは光稀のコネを頼ってすみれがお願いしたという経緯がありました。つまり、恩を仇でクーリングオフされちマンマミーヤ
光稀はワナワナと込み上げる怒りを押し殺しながら、「おめぇのストラップ売れなくなっちまうもんなぁ。オラ、わくわくすっぞ!」と言い返し(盛りすぎだ)マウントを取り返すテクニックを披露。
その後、出たくないと言っていた菜々子の事も踏まえて3人でのテレビ局からの取材は拒否し、すみれだけで取材に応える展開へ。優越感を覚えたすみれには、お姉さんのように慕っていたミレイさんの陰口(上記引用文)もチャラヘッチャラだってばよ!で第五章へと続きます。
あと最後のほうで健吾が菜々子に顔を描かせて欲しいという妙な接触の仕方をしていて、何かインチキおじさん登場の匂いがします。

第五章 飛べない翼

第五章はそれぞれの闇が拡大して、クラスター化した噂話と繋がる感じです。
とくに印象的だったのは、町の人間を嫌っていたはずの光稀がファッション雑誌のインタビューの際に友人からファッションセンスの劣化を指摘されて、これではいけないと自覚するのですが既に町の噂話に染まっている感じです。まさに「飛べない翼」ですね。

その噂話が何かと言ったらーー
ボヤ騒ぎがあった時に車椅子に乗っていた久美香が立っているのを見た→あの子歩けないはずじゃないの?→詐欺じゃん!→逮捕だな
というような内容で、ジローとかいう高校で授業を行なっているモブキャラがすみれに話して、これが光稀に伝染。
「菜々子の旦那が帰ってこないから久美香は注意を引くために詐病を演じているのではないか?」という推論が本当なのか菜々子を問い詰めると、菜々子は涙を流します。
菜々子からしてみれば、医師から心因性と言われてはいたけど一向に歩けない事を絶望していたので、事実ならば親心としてはこんなに嬉しい事はないのです。

クララが立ってハイジがブチ切れるシーンがあったら作画もストーリーも狂ってるでしょ?
ここで重要なのは、彩也子は第四章でイメージ通りの絵を撮りたいテレビ局の意向に沿ってフレームの外へと追いやられたのに、『イメージを損なってしまう』という似た構図で光稀はテレビ局と似たスタンスに立っているんですね。(しかも彩也子は学校で額の傷を理由にツキノワグマと呼ばれ、担任がシカトぶっこいてるという地獄にいるのに)
この歪な感じを文章にするのが湊先生の

巧さです。

で、もう一つの噂についても触れておきましょう。
それは、5年前の殺人事件で資産家から奪った金品を柴田は造成地に埋めていて、それを探すために陶芸家を装っているというもので。

BGMはゲスの極み乙女「イメージセンリャク」でお願いしたい。
ゲスの極み乙女。「イメージセンリャク」 - YouTube

第六章 折れた翼

「義母の家出は殺人事件と関係ありません。家出をしたのは事件の日ではないし、その日は家にいましたから。無責任な妄想話を気軽に口にしないでください。義父の介護に、本当に疲れていたんです」
菜々子は健吾をまっすぐ見据えて言った。
「なんか怒らせたようでゴメン」
「怒るとか、そういうことじゃないんです。すみれさんにも伝えようと思ってましたが、あなたたちの退屈しのぎに、うちの家族を巻き込まないで」
健吾の顔が瞬間、凍りついたのが解った。
「僕たちが好きなことを仕事にして、毎日楽しそうに過ごしているのがうらやましい、って意味として受け取っておくよ」
捨て台詞を残し、健吾は後ろ手で引き戸を閉めて出て行った。飄々とした態度を装っていたつもりだろうが、スケッチブックを抱える腕が小刻みに震えていることに菜々子は気付いていた。しかし、今一番気になるのは健吾のことではない。
柴田が町に戻ってきた。そして、金を探しているーー。

第六章ではハブられそうになった光稀が「すみれと菜々子で成り立つなら私は必要ないし、仲間だと思っていたのは自分だけなのではないか?」と考え始め、菜々子もまた自分の娘が変な噂の種にされる事に悩んでいました。
三人の関係にヒビが入り始めたこの時点で「折れた翼」というタイトル通りの展開ですが、さらに健吾が再び菜々子の仏具店にやってきて、顔を描かせて欲しいと言います。その際に菜々子の祖母について山里亮太a.k.a.アニサキスおじさんのように根掘りん葉掘りん聞くのです。
そんな健吾にムカッ腹が立った菜々子はーー

「その鉛筆尖っているな…テメェの眼球を刺すにはピッタリだ。私の綺麗な顔を瞼に焼き付けておけよクソ野郎!(グサッ)」
「アッーーー‼︎」
✳︎なんて描写は一切ありません

上記引用文のように健吾に嫌悪感を抱いていることを伝えるのでした。
そして場面は切り替わり「菜々子のせいで詐欺集団扱いされたらどうしよう」と思っているすみれパートへ。
すみれは菊乃さん(バイオリン職人の村田ジュンの妻)から呼び出され、新作タルトの試食がてら優しい口調で諭され、自分の考え方が間違っているのだと気付かされます。
この場面は菊乃さんが読者の代弁者となっているというか、私が思っていた事を全て言ってくれたのでスカッとしました。ハイジのクララの例えとかまんま書かれていて、逆に冷めるぐらいの展開でした。
凝り固まった考え方が融解し、菜々子と光稀にタルトを持っていこうとしたすみれの前にタイミング良く光稀が現れ、自分の娘に本当の事を訊いたら、ボヤ騒ぎがあった時に久美香の車椅子にBBAが日大タックルをして、バランスを崩した久美香が前のめりになって前に居た人の背中にもたれかかったのを見た高校生(助けもせずにトンズラした)が見間違えて歩いていたと吹聴してるという顛末らしいことが分かったのでした。
だから光稀はこれ以上変な噂を立てられないため、サイトに今までの収益金からいくら寄付したのかを掲載できないか、すみれにお願いします。これに菊乃さんも賛同。しかし、100万円を目標金額にしていたので、まだどこにも寄付していない事とすみれが白状。光稀が激おこプンプンモードで修羅場のまま第六章は終わります。
私は「まじかー」とつぶやきながら読んでました。緩急が上手いなぁと思ったし、読者の代弁者が菊乃さんから光稀にスイッチするのも面白い。
菊乃さんは柔らかい口調だったのに対して、光稀は「あんたが一番の詐欺師じゃない」とストレートに言い放つので、キャラクターの差も際立っています。もちろん光稀の心の中に、積もり積もった感情があるからこそ咄嗟に出た言葉なのでしょうね。

第七章 岬に吹く風

そうだ。水仙の季節でなくてもいい。いつ来ても、何かしらの花と青い海が迎えてくれる。こんなにきれいなところに住んでいるのに、何故、町の人たちは誇りに思わないのだろうと不満に思っていたはずなのに、いつしか自分も同じようになっていた。ある意味それは本物の地元民に近付いたという証かもしれないが、そんなものは受け取り拒否だ。

第七章は彩也子が書いた作文でスタートします。その作文の内容は学校での久美香に対するイジメについて書かれたものです。これがとても陰湿で、車椅子では届かない位置に久美香の物を置いて、「本当は歩けるんだから取ってみろよ」という目線でずっと久美香は監視されているんです。その結果、久美香はトイレにも行けずに膀胱炎になってしまいます。

ヽ(*`皿´*)ノ クソガキどもがぁぁ!!

読んでいると、とても腹が立ってしまうのですが、これまでの流れを踏まえて「大人」と「子ども」を対比して読むと、やってる事はさほど変わらなくて村八分と部落差別、持つ者と持たざる者といった具合に大人は暴力を振るっていないだけで、腹のなかに渦巻いている黒い部分は子ども以上のものがあったりします。つまり子ども達は大人の背中を見て育っただけなんですよね。

次に光稀のパートに切り替わります。
ざっくり書きますが、自分よりも劣っている存在として見ていた職場の里香が、心から店と自分の事を考えていてくれた事に光稀は涙を流します。これは店が自分の居場所であると同時に仲間であるという相互確認できた安堵感でしょう。
なぜ涙を流すまでに感動したのかといえば夫婦仲の悪化が前提があって、安堵した後に夫の明仁から話したい事があると言われ『離婚』の二文字が脳裏をよぎります。
持ち上げて落とすという展開が綺麗に決まっていますね。

次に菜々子のパートで「クリスマスの絵本を作るために図書館に行ってくるってばよ!サッサッサ!」と言い残して(ナルト口調ではない)久美香と彩也子が行方不明になってしまいます。
急いで光稀に連絡した後「金をもってこい」という脅迫状が届きます。
まさに急展開なんですが、釈然としないのが菜々子の夫が「犯人は柴田かな」と呟き、菜々子も義母が居なくなった日に手紙の横に名刺サイズの金(きん)があったと話す部分。
事件と祖母の失踪は関係ないと健吾に喋った事は嘘だったわけですね。
さぁ!ミステリーの色がぐっと濃くなって参りました!(たのすぃーですね)
何か裏があるからこそ、菜々子は人と距離を置きたいと思っていて、だからこそクララの翼なんて目立つ活動はしたくなかったと考えられますね。
それと、この時点で挙げられる容疑者はやはり健吾でしょうね。店の半分を貸してくれとか言ってたのも金の在り方を探していたと考えられるし、一瞬だけ店のカウンターを任された時に物色して何かを知った可能性もある。健吾は柴田と繋がっていると考えるのが自然で、顔見知りだから子ども達を誘拐するのも簡単。

ミステリーが早くも解けちゃったんじゃないの? ほっほっほ。

とまぁ、盛り上がりながら読み進め、今度はすみれのパートに切り替わりました。
自分の仕事とサイトの運営に加えて取材対応と、何から何まで一人でやっていた彼女は忙殺されていて本当に100万円貯まってから寄付しようと考えていたそう。それで光稀に言われた通りに寄付をして、クララの翼の活動を終了したわけですが、全くメリットを感じずに気が滅入ってしまいます。
その時に友人の結婚式に呼ばれ、気分転換に行ってみると、自分が劣等感を抱いていた小梅にばったり会います。
意外な事に小梅はすみれの事をずっと評価していて、そのうえ福祉活動をしている事を知って、芸術をビジネスの道具にしている自分の在り方に疑問を感じ、商業活動を辞める決断をしたと打ち明けるのでした。すみれは鳩が豆鉄砲を食らったような衝撃を受けて「ポッポー」と大声を出し、周囲の人々から「なんだ鳩か…」という目で見られます。(近い事はあったけどこんな描写は無い)
小梅から工房を手放すから使って欲しいと言われ、自分がやるべき事を思い出した直後、るり子からーー

「すーちゃんの工房が火事なの」

という豆鉄砲のロケットランチャーを食らい、電話の向こうから「子どもが2人いるぞ」という声が聞こえて第八章に続きます。
続きが気になるところですが、第七章で光稀とすみれの考え方の違いが際立っています。
光稀は地元民に受け入れられ、自分もまた仲間意識が芽生えているわけですが、一方で野心に燃えていたはずのすみれは全くと言っていいほど結果が出せず、ようやくクララの翼で羽ばたけると思いきや、ネットの書き込みや菜々子と光稀とのすれ違いで活動を終了してしまいました。しかし、小梅に刺激を受けて再びやる気を取り戻した直後に火事!
ネット炎上ではなく実際に工房が燃えるだなんて、もう笑うしかないじゃないですか!笑
すみれ 散々だなぁ。

第八章 岬の果てに

第七章の終わり方は「えっ?誘拐ではなく火事?しかも子どもが2人…?」という展開が気になるものでした。
最終章となる第八章は火事から三カ月が経過した時間軸で、全てのフラグが回収されていきます。
ちょっと感想がうまくまとまらないので、まずは今までの事件のおさらいと顛末について簡略化しておきたいと思います。ただ、こういう書き方をしてしまうと文章であったり会話の醍醐味を削ぎ落とす事になるので良くないとは思うのですが、内容が複雑なので申し訳ないです。

〈ここまでの事件の流れ〉
柴田は資産家を岬に呼び出し殺害した。
事件後、遺族が金庫を調べると金は全て無くなっていた。
5年後、元ハッスイ社員であった柴田を見かけたという噂が町で流れる。
菜々子の夫である修一によると柴田は整形しているという噂もあるという。

〈誘拐事件について〉
犯人は健吾だった
歩けるようになったのに打ち明けるチャンスが無い久美香を助けるために誘拐を装ってクリスマスプレゼントとしてサプライズをしようとしていた。(らしい)

〈火事について〉
久美香が歩ける事を彩也子は知っており、久美香は彩也子がマッチに火をつけられないという秘密を知っていた。
彩也子はマッチに火を付ける事ができるようになったのを久美香に見せるために工房に侵入。そして大炎上。
駆けつけた菜々子と光稀は二人が無事(彩也子は指を火傷)である事に安心し、その際に久美香は歩いて見せて菜々子は号泣。
その後、工房を取り壊している窯の下から白骨死体が発見され、すみれが矢面に立たされる。(健吾は行方をくらます)

〈5年前の事件の真相〉
菜々子の義母は夫に愛想を尽かし、中学時代の同級生である資産家と駆け落ちするはずだったが、タイミングを逃して約束の時間より一時間遅れる。岬には若い二人の男が口論をしており、その内容は資産家を殺したというものだった。駆け落ちする予定だった事を知られたくない義母は警察に通報できず、翌朝になって資産家が造成地で発見されたというニュースを知る。二人のうち一人は指名手配されたので柴田が殺人犯だと思っていた。先日の火事の映像(火を消さずにスマホで撮影していたジジイ提供)の中にもう一人の男が画面に映し出されていて、焼け跡から発見された骨が柴田のものであると知り、勇気を出して警察に手紙を書いた。
それでも祖母はいくらかの金を持って逃げた。

 

菜々子の物語
義母が居なくなった際に手紙と一緒に金のプレートが3枚おいてあったが、二枚を自分の物にしてしまったので真実を話したくなかった。

 

光稀の物語
夫から離婚届を渡されるが、それは家族のために頑張った結果ベトナムの工場を任される事になり、東京に憧れを抱く光稀の気持ちと娘の生活環境の悪化を懸念しての事だと知り涙を流し、離婚はせず一緒にこの町を離れる決意をする。

 

すみれの物語
健吾から詳しい事を聞かされる事なく日々を送っていたので、なぜ健吾が警察に追われているのか、なぜ白骨死体が見つかったのか、なぜ子どもたちが工房に居たのか知らずパニックになる。
そんなすみれに対して芸術村の人々は温かく接したが、警察の立ち入りで休業せざるを得ず世間は犯罪者アート集団という目で見ており、内心穏やかではいられない。
すみれはるり子から話しかけられた時に、自分が居なくなれば世間の風当たりも少なくなるかもしれないから、小梅に譲ってもらった軽井沢の工房に移ると説明。それに対してるり子はブチギレる。
誰のせいでこんな事になったと思っているのか。芸術村の人々は身内から借金をして、ローンを組んで人生かけてやってんのにトンズラとかふざけんなし! もう二度とこの町に戻ってくんなし! ふなっしー!(いきなりボケてみたけどどう?)と感情をぶつけられ、すみれは実家に退避。

〈菜々子、光稀、すみれの3人は最後の待ち合わせをする〉

何がお別れ会だ、とも思う。こちらは、殺人事件が起きようが、死体が出てこようが、この町で生きていかなければならないのだ。
生まれた時から住んでいる場所を、花が咲いて美しいところだとか、青い海を見渡せて最高だとか、温暖ですごしやすいとか、特別な場所だと思ったことなど一度もない。そういうのは、外から来た人が感じることだ。だからといって、その人たちに町の良さを教えてもらう必要などまったくない。

菜々子→夫婦仲が悪い。娘が歩けるようになったがそれはごく普通のことである事に気づき目標を見失う。くすねた二枚の金のプレートでいかにユートピアに旅立つか想像してEND

光稀→旦那とイチャラブ。娘は嘘つきで放火犯。地元の店よりもベトナム選んでEND

すみれ→パートナーが犯罪者。車椅子の少女を使って金を稼いだ偽善者扱い。工房が火事&爆発で8割吹っ飛ぶ。工房を譲ってもらうも村八分END


『告白』で爆発、『Nのために』で火事、そして今作は立つ鳥跡を濁しまくる、羅生門クラッシャーENDという結末を迎えました。(お前何ゆうてんねんと思ってくれたら常人)
冒頭で私はシャマラン作品の雰囲気に似てるのではないかと書きましたが、マイケル・ベイも加えたいですね。「不協和音を伴いながら積み上げて最後に壊す」というのが、湊さんの作風なのではないかと考えてしまいました。

第八章はこれまでと違って、どこにあるのか分からない幸せを目指して我先に走り出すような、疾走感のある展開と文章でした。とくに東京から帰って、工房が爆発して、警察から質問責めに合うすみれのグチャグチャになった気持ちの描かれ方は、嫌な気持ちを通り越して芸術は爆発だっ!』というヤケクソの喜劇にさえ感じられました。

 

健吾と柴田が繋がっているという予想が当たったのは嬉しかったですね。

でも、読み終わった後に「柴田は整形してる」という噂がよく分からなくて、読み返して「もともと二人いた犯人を一人だと勘違いして、柴田を健吾だと思っていた」と理解できたんですが、いつ健吾が柴田を処分して埋めたのかが分かりません。

  1. 二人で資産家を殺害
  2. 義母が金を持ち去る
  3. 金が無い事に腹を立てた健吾が柴田を殺害
  4. 柴田を埋めた場所に芸術村を作った

という理解でいいのでしょうか。

あと、もっと嫌な気持ちにさせるために、柴田の処分方法は骨をすりつぶしてすみれの焼き物にしていたみたいな感じでも良かったと思います。←The外道!

 

すみれと光稀は比較対象として描かれてきましたが、自分の美術感覚に劣等感を抱いていた光稀は地元民に受け入れられ、さらには愛する自慢の娘が詐欺師の工房を爆破しベトナムにトンズラするというなんとも言えないキャラクターでした。

娘の彩也子に関してはマッチが擦れないというのが秘密というのが唐突すぎて、私には意味が分からなくて…。
どういうことょ?
『本当は歩けるのに黙っている』という久美香の秘密と『マッチが擦れない』という秘密が吊り合わないし、小説のラストを飾る作文を読む限りこの子には火事を起こした事に対する罪悪感が無いんですよ。じゃあ火事の犯人じゃないのか?と言えば作文には工房に潜り込んでマッチに火をつけたという事が書かれているし、指先に火傷の水ぶくれがあるから犯人で間違いない。
とすると、久美香との友情に比べたら犯罪は軽いという童心として描いているの…か…な…。
うーむ。だとしてもマッチが唐突なんですよね。
マッチが擦れない事でイジメられたみたいなシーンありましたっけ?
冒頭の線香が関係してるとか?
菜々子と旦那と久美香で『火の用心』の巡回をしていた事とかかってる?という事ですか??
腑に落ちないんですよ。だって今の時代にマッチ使わないでしょ?

ましてや仏具屋は線香が原因で火事になる事に神経使うでしょうから。
あ…分かった!読者にモヤモヤ感を持たせる事で『消化不良』っていうダブルミーニングか⁉︎
そうなんだろ?集英社文庫!!!
(違う違うそうじゃな〜い♪←マッチじゃなくてマーチンを選ぶ私のセンスを見よ!)

 

菜々子のアイデンティティに関しては、一番近いのが祖母であって『夫は他人である』という女性と男性の関係における真理に同意している。これは呪いでしかなくて、菜々子にとっての救いは血縁関係にある娘と、祖母がこの町を脱出できたように金持ちの男が現れないかなぁという幻想(ユートピア)。

コレはすみれがいつの間にか地元の価値観に汚染されて嫌悪するのとも、光稀が職場の仲間に認められたのとも違う、順応と嫌悪が混じり合ったメンタリティなんですよね。
この作品って、誰もが少しずつズルくて、それが噛み合わなくて崩壊していくという描かれ方をしているから『マルクス主義』から救ってくれるのが『資本主義』という見方もできるんです。その資本主義の中核を成す人々はネット上の世論に踊らされている部分は現代のアメリカで、そして幸せを掴んだ光稀が向かうベトナム共産主義国でありつつ、資本主義国の下請けっていう世界の構図があって個人と国の対比が描かれている。この解釈が合ってるのかどうか分かりませんが、そうすると立ち入り禁止の灯台の存在感は際立って見えます。

 

ケースバイケースのポジショントークとして見れば退屈で、だからこそ付加価値を見出そうとすると意識高い系のめんどくさい人扱いされて、リーダーシップを発揮しても都会人からすると型落ちしたオバサン扱い。金があれば奪われるし、誰かのために金を使うと偽善者扱いされ、金が無ければひたすらギスギスして神経を消耗していく。
「どんなに腹黒い人間でも死んで骨になれば白い」というのは最期の対比に思います。

おわりに

全体的な感想としては、人物の心理的立ち位置が入れ替わるのはスムーズで群像劇のお手本のようでした。脳みそのチャンネルが多くないと書けない作品です。
その一方で、言葉が多すぎた気がします。
花のモチーフに関して藁人形の比喩表現として綺麗だなぁと書きましたが、そのあと菜々子の口から花のモチーフを「怨念」と言わせていたので、マジシャンが自分でネタばらししてるように映って、ちょっと気が抜けました。だからその分だけ不幸の濃度を増して欲しかったです。(靴を隠して「車椅子なんだから使わねぇだろう」と言うクソガキが居たらなぁとか、健吾から白い粉をもらったすみれが、それは柴田の白骨をすり潰したものだと知らずに小梅の製法と同じようにふりかけて焼いたら素晴らしい作品ができて有名になるとか)
あとは冒頭に書きましたが、登場人物が多くて名前が覚えられない私にはパニックでした。ようやく覚えた久美香と彩也子の名前もさよならバスでお別れですよ。(ベトナムだから飛行機だろというマジレスおk)

理解不足でマッチも分からなかったから、もっと読解力を上げないとダメだぁ。

感想を書くうえで影響されないように、現時点で巻末に収録されている解説については読んでいません。ここに何かとびきりの秘密があるとかないとか。

このあと読んでみたいと思います。

(おわり)

ユートピア (集英社文庫)

ユートピア (集英社文庫)