2年前に放映された映画については松田龍平のダサさが素晴らしかったということを覚えている。
今回、アニメ化でこの「ダサさ」がどのように演出されるのかが気になっていた。
飯テロだった…
「飯テロ」(めしテロ)とは、食品に関する行動を指す(食欲を刺激することをテロリズムになぞらえた)俗語である。
食べ終わっているのに食べたくなる蕎麦…
カリカリと音を立てながら咀嚼。
猫さん…私に煮干しを分けてくれませんか?
婆ちゃんは夜中に放映されることが分かってて、美味しそうな料理を彦摩呂ばりにズームアップ。これは確信犯ですね。
マジメがご飯を食べるのは分かりますけど、婆ちゃんも一緒に食べるんですよね。
きっと、「お前らの分はないよ!」って思ってるんだ。婆ちゃんは飯テロリズムの教祖なんだ。
いやー、ホント、空腹状態の視聴者にはボディーブローが強すぎますね。
マジメの「ダサさ」については、映画とは別の人格に感じました。
松田龍平よりも声優さんはシャキッとしてますね。なので、地味というよりも「ダメな営業」という印象です。
作画については背景は美しいけど、無駄な動きが多いように思いました。
オーバーリアクションというよりも、会話のシーンなのに身体が動きすぎなのが気になりました。表情が動くことはいいことですけど、感情とリンクしていない動きは違和感でしかないですからね。
日常生活で考えてみたらそれって「ヘイポー」じゃないですか。
料理のリアリティと日常生活を生きる人間のリアリティがイマイチ釣り合ってない気がしました。
「3月のライオン」も見たんですけど、ギャグ要素のある特大おにぎりと孫にデレデレな和菓子職人の「ギャップ」が面白かったです。
舟を編むのストーリーは知っているので、アニメにしかできないことを期待してしまうわけですが「地味」をアニメにするのはかなり難しいと思います。
見せようとすればするほど、地味やダサさが無くなっていきますからね。
【100分de名著】第四回「堕落論」〜白痴経由堕落行き〜 - モブトエキストラ
100de名著で堕落論を扱った時にゲストだった町田康さんが「芸術」と「日常」は相反するものと言ってたんです。
最近よくこのことを考えてしまうんですよね。
だから、「舟を編む」は難しいと思いますよ。アニメは視聴者の年齢層が若いですから、情報量を多くしないと飽きられてしまう。
ゆるキャラが辞書の違いについて紹介するシーンがありましたけど、私には蛇足なんです。でも、もし自分が小学生とかだったら必要でしょうね。
辞書の面白さとは別に会話劇の面白さが必要不可欠ですからね。
加えて10代の視聴者を飽きさせないって…
いやぁ、これは難しいことしてますよ。