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「2030年の旅/中公文庫」の感想

未来が本屋に売られてた

ドリカムもびっくり!お先真っ暗な 2050年の【日本】未来予想図 - NAVER まとめ

私が「2025年問題」というワードを聞いたのは2年ぐらい前だったでしょうか。超高齢化社会が訪れて、一気に人が居なくなり、国内のGDPも下がるという分かりやすい話。一部では「園児の声は騒音だ!」という意見があるのだから、ゆりかごのない社会が消滅を迎えるのは当たり前ですけども。

この本を手に取った理由は坂口恭平さんが本が出るとツイートしてたのを見たのが理由です。それに、様々な作家さんが2030年を書くというコンセプトも面白そうに感じました。

以前にTBSテレビでいとうせいこうさんとユースケサンタマリアさんがやっていた番組に坂口さんが出演したことがあって、その際にーー

海老原いすみ on Twitter: "空き家撤去 国が後押し 自公、対策法案提出へ→http://t.co/0QaQ6hs0KX 石川直樹・坂口恭平→http://t.co/hIZyfYxX27 「2040年に日本全体の空き家の数がこのまま建て続けたら43%が空き家になる。僕の普通の言葉で言うとスラムですよ」"

「2040年に日本全体の空き家の数がこのまま建て続けたら43%が空き家になる。僕の普通の言葉で言うとスラムですよ」

ーーと言っていたんです。

消費者と作家(作る人)の違いはそこにあって、いかに長期的な視点で物事を見れるかどうかだと思うんです。目の前の生活だけを見て、ひたすら消費を継続するのでは確実に枯渇しますから。ウナギもクロマグロも絶滅するまで獲るくせに、フードロスを増やすなんて普通の感覚ではないですからね。本というメディアは未来を見せると同時に、読書を通常の感覚に戻す役割もあると思います。

 

 

「逍遙」 著 恩田陸

この話はRR(リモート・リアル)という、ホストの意識にゲストの意識を接続することによって、ゲストの身体が別の場所にあってもいてもホストと同じ場所に存在できるという装置が出てきます。(簡単に例えるならニンテンドーDS方式です)

天文学者の伊丹十時(いたみとき)がA先生とB先生とC先生と一緒にイギリスの田舎町にある一本道を歩いていたら、A先生が懐中時計を失くしてしまい、すったもんだありつつ自分が犯人扱いされているから仲間に助けてもらうという短編ミステリーです。

どれだけ科学技術が進歩しようとも、それを使う人間に進歩がないというラストなんですけど、文体がさらっとしてるんですよ。

著名人のセクハラ疑惑続出 ダスティン・ホフマン氏も - BBCニュース

最近、ハリウッドの大物達が立場を利用してセクハラをしていたことが話題になっています。

A先生がまさにコレなんですよ。笑

伊丹君は考えてないで「お巡りさんこの人ですmg!」ってに突き出すべきだよなぁと思って仕方がない。

さらっと黒い感じが面白かったです。

 

「144C」著 瀬名秀明

 この話は近年、注目が集まっているAIに焦点を当てた…と見せかけて小説の未来について書かれた小説です。編集部の人材育成が物語の中心で、わりとセカイ系に近い感情的なスクロールをしていきます。

面白いのはラストに書かれている注釈

【作者註】この作品は当初、日経「星新一賞」の応募規定の上限文字数より一文字多い一〇〇〇一字で書かれた。

これは熱い。星新一賞に応募するために作品を書いて一文字多かったというのは、AIだったら絶対にできないことですからね。「ペンを走らせる」とか「筆が乗る」という、人間特有のエモーショナルな感情が生み出したのが今回の作品だというのがよく分かりますね。

この注釈に原理を感じました。

「里帰りはUFOで」著 小路幸也

2030年。過疎化が深刻な町をスリーフィンガーという企業が開発して、日本で一番インフラ整備された町へと変貌を遂げます。その結果、若者が訪れるようになり住民は250世帯になりました。

その町の出身である主人公が知り合いを町へと連れていくという物語です。

読んだ感想としては、サマーウォーズが好きな人ならちょっとワクワクすると思います。

あと、過疎化した地域を復興させるにはテクノロジーを駆使するしかないよなぁと思いますね。今だって、東北とか鳥取県で「ポケモンGO」のイベントを開催するのはそれが理由ですから。

発展途上国でも同じようなことがあって、例えば電力供給のための施設を建設する際に火力発電や原発をスキップして最先端の自然エネルギーが取り入れられるケースもあります。(インドなんかは核武装したいから原発に抱きついてますけど)

払い下げられたディーゼル車や日本の中古車を導入するところもあれば、いきなり電気自動車が走るところもあるわけです。

衰退するものと最先端の技術が一つの物語に同居することに私はワクワクしますし、「ラピュタ」や「スターウォーズ」もある意味「過渡期の人間達のドラマ」ですから、劇場型に毎日を生きる人が現れてもいいと思います。村八分の監視社会にビクつくよりも、どうせ誰も見てないだろうって振り切る人がいてもいい。この物語はその「目的」がはっきりしていたので読みやすかったです。

阿形県賀条郡晴太多が最先端の町になった核心部については読んでみて下さい。

「AI情表現」著 支倉凍砂

私はライトノベルを読みません。

なぜかと言えば、コメディタッチで堅苦しい言葉を使う感じが合わないし、そもそも私が読書が苦手だった理由が「漢字が多いとつまらない」なんです。

だから、わざわざ小骨を切らずにウナギを食わされる感じがして「店ごとお下げしてよろしいぞ!」ってなるんですよ。

そんな私がこの作品を読んだわけですが、まぁ新鮮に感じましたね。

まずタイトルの「AI」を「愛」と読ませることは発明に思います。他の誰かが先にやっていたとしても発明です。

この作品は主人公の木下浩太が片思いしている陸上部のエースである高階さんに告白するというシンプルな構造です。

私が学生の頃はいわゆる「ガラケー」が主流で今は当然ながらスマートフォンが主流ですよね。2030年の物語の中でどうなっているのかと言えば、 3D技術を用いた動物型のAIになっています。分かりやすく言えば魔法少女の横にいる小動物のポジションをAIが担っている。

面白いのはそれだけじゃなくて、人間と接するよりもAIと接触する時間のほうが長い人間が出てくるだろうという問題なんです。

たまに子どもが嫌いとか、犬が嫌いとか、猫が嫌いという人がいますが、それって自分の想定外にあるものにある恐怖心とか、自分が支配できないものに対する感情だと私は思うんです。

ロボットってアシモフ博士が提唱したロボット三原則を忠実に守るように設計されるから、人間が思い通りに動かせることが存在意義だから、AIが苦手っていう人は動物が苦手な人よりも少ないと思うんです。(統計取らないと分からないけど)

つまり、AIとの対話の中で得られる感情というのは自分が発した「感情移入」がぐるぐる回ることで、テニスボールで壁打ちしてるようなものなんですよ。

主人公の木下浩太がその「壁打ち」を経て、高階さんに「試合」を挑むという過程はよくできてるように思います。

会話が苦手な人間でも、AIという道具を使うことによって、円滑にコミュニケーションを取れるようになるという実現可能な未来予想図は清々しさを与えてくれます。

「五十歳」著 山内マリコ

1980に生まれ、20歳でミレニアムを、30歳で東日本大震災、40歳で東京五輪を迎えた主人公の女性が生きる2030年の物語です。生活者の視点で描かれているので、社会問題に興味がある私にとってはとても読みやすかったです。

風景が見える文章の中に生活があって、時代が変わっても共感可能な具体性として両親の死や介護の問題が描かれています。

「死ぬことって時間が止まることなんだなぁ」と考えてしまいました。

主人公は使い勝手がいいから、ずっとiPhoneを使い続けているんですけど、若者からすると昔の人にしか見えない。主人公はその若者に対して、自分のやりたい仕事をやりなさいとアドバイスするシーンがあって、これは「昔に縛られるな」という解釈もできます。

この二人が共有できる存在としてマイケルジャクソンが出てくるのが面白くて、つまりこれは、生存者は死者を原動力に動き時代は受け継がれていくという普遍性なんですよね。自らの意思決定で時間を止めた主人公を若者がオーバーラップしていく描写は印象的だし、『人間がやりたくない仕事は無くなる』という効率化された社会が少し残酷に見えたりします。

少し話は変わりますけど、将棋AIの「Ponanza」の製作者である山本一成さんが以前に「考えなければならないのは、仕事をアイデンティティとする人達が別のアイデンティティを持つことです」って言ってたんですよ。

新たな目的が無いのに便利になると、労働者は仕事が無くなってしまいますが、国民が便利な世の中を希望するのであれば、国民はその政策を受け入れる覚悟というか、気持ちの切り替えが必要なんですよね。

この作品のラストにはそういう問いかけがあるように感じました。

「神さまがやってきた」 著 宗田理

この作品は老人達がオレオレ詐欺を懲らしめるというストーリーで、日曜日のホームドラマになったら面白いと思いました。

ただ、釈然としないところがあって、犯人が素直すぎて盛り上がりにかける気がするんです。主人公が老人ということもあって、アクションができないという縛りもあるのでしょうけど、素人でもこんなに簡単に犯人を捕まえることができるなら、警察が無能すぎるよなぁと…

革命のメソッドーー2030年のMr.キュリー 著 喜多喜久

この作品における2030年は誰でもAIを使って簡単に情報にアクセスできる時代になっています。それが招く悪影響として提示されるのが、主人公の男が爆弾の製造方法を調べるという現代でもありうる行為です。

主人公は冴えない自分が社会に対して一矢報いることが革命だと考えているのですが、私はダンガンロンパしたくなりました。

革命というのはヒエラルキーの下に位置する者が上位に君臨することであって、爆弾を作ったからといって簡単に変わるものでもないし、そうした社会の制度設計に問題があるのであればその行為はヒエラルキーの上位に位置する人間達を利することになる。

もっというと、爆弾を作ることが革命だと思っている人間がいるせいで「社会運動家=爆弾を作る人」という意味不明な暗黙の了解が作り上げられ、民主主義が機能しなくなってしまう。

「アホなくせに知能犯を気取ろうとするんじゃないよ! 私だったらもっと上手くやるぞ!(あかんやんけ)」と主人公に言いたくなりました。

なぜ主人公がそんなていたらくなのか、この作品は最後にちゃんとオチがあったからバランスが取れてると思いました。

「エッセイ 自殺者ゼロの国」 著 坂口恭平

二〇一二年にはじめたときの年間自殺者数が三万一千人。そのときからまる四年が経ち、自殺者は二万三千人まで減った。僕は約二千人からの電話を一年に受けるので、単純計算してこれまで八千人の電話に出たことになるのだが、不思議なことにちょうど数字が合う。もちろんこれは妄想家のいうことですから話半分でお願いします。つまり、このままいくと、あと十二年後、つまり二〇二八年には日本の年間自殺者がゼロになるのではないか。

僕はそんな妄想を抱いているわけだ。

土地基本法第4条で投機目的で土地を売買することは禁止されているにも関わらず、違法でありながら何の罰則も受けない現実と、定期的に躁鬱が訪れる自分の頭の中の妄想との間で、坂口さんがひたすらに自問自答していくエッセイです。

文章が口語で書かれているので、声に出して読みたくなる魔法がかかっています。

つい先日だったか、ラジオで荻上チキさんが高い専門書を買ったと話していて、それは失踪する人間について書かれた本だと説明していたんです。そのフックが「どうして私たちは失踪しないのか?」というものなんですが、坂口恭平さんの思想はこれと同じジャンルだと個人的には思います。

  1. 投機目的で土地が取引されているのに罰則がない現実
  2. ホームレスの中には「それはおかしい」と思って土地も家も所有しないことを選んだ人もいるのに、勝手にシェルターを作られて押し込めようとする現実
  3. 希死念慮は季節が巡るように訪れる鬱による脳の誤作動であり、自殺者を減らすことは可能という現実
  4. 働いた分の半分が家と生活のために消えていくのはおかしいので、すべて自分の好きなことにつぎ込むことができたなら嫌な会社をすぐに辞めることができるし、離婚しても生活に困らない。そのためには0円生活圏が必要だという妄想

相模原障害者施設殺傷事件 - Wikipedia

去年は相模原の障害者施設で19人が殺害され、今年は座間で自殺願望を持った女性を狙い9人を殺害したという事件がありました。

この国の若者の死因の第1位は自殺であるのに、政府はTwitterの規制をするだけで教育に予算は付けずに学生ローンを継続。一方で「国難だ!」と言って600億かけて選挙を行い、トランプとゴルフをする。イヴァンカに57億、トランプから武器を買うことを表明し、マスコミが「ワーワー」言ってシャッターを切る。

こういった現実が223ページのこの言葉を際立たせるのですーー

「現実は超適当だ」

本家 いのちの電話」で電話が繋がる確率が4%であることも、この言葉に包括される気がしてなりません。

だからこそ現実よりも、新政府内閣総理大臣坂口恭平さんが妄想する「自殺者のいない2030年」のほうが夢を見せてくれると思うのです。それが「現実脱出論」であってーー。

おわりに

never young beach - 明るい未来(official video) - YouTube

とりあえずエンディングテーマにネバヤンの「明るい未来」を脳内再生しましょう。

ずっしりと重い作品よりはサクサクと読めてしまう作品が多かったように思います。そのうえで2030年までに「白黒テレビ・洗濯機・冷蔵庫」みたいな三種の神器が出てくるようには思わないなぁ。

スマートフォンだって、手のひらに収まる大きさという制約の中で完成されてますからね。スターウォーズみたいな3Dのホログラムがあったところで、使用する場面が思いつかないし、ずっと見てたら目が悪くなりそう。

結局のところ最新技術が手詰まりなのは、過去の成分が多い環境では予測変換が成功体験のテンプレートだからであって、日常の外でモノを考える必要があるし、それがAIの機械学習でもたらされるアイデアの可能性もあるわけです。

化石燃料や物質的な豊かさは枯渇しますけど、死なない限りは人間のイマジネーションが枯渇することはありません。何をすれば面白いのか、日常の外にある材料をヒントに脳みそを掘りすすめるしかないのです。でも、疲れたらAIがありますから、もっと遠くに行けるでしょうね。

家に帰るまでが2030年の旅です。

 

 

2030年の旅 (中公文庫)