モブトエキストラ

左利きのメモ魔が綴る名もなき日常

「彼女がエスパーだったころ/ 著 宮内悠介」の感想

語感で買った。

「DRAGON BALL外伝 転生したらヤムチャだった件 / 著 ドラゴン画廊・リー 原作 鳥山明」の感想 - モブトエキストラ

先日に紹介した『転生ヤムチャ』と同時にこの本も購入しました。

転生したらヤムチャだった件
『彼女がエスパーだったころ』

こうやって並べてみると、現在から未来に向けてヤムチャになる作品と、昔はエスパーで今は謎という今作の並びが少し面白く、ライダーマンとかキャットウーマンっぽい表紙が購入の決め手になりました。

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↑かっこいいでしょ?

カバー装画 Raphael Vicenzi
カバーデザイン 川名潤

「百匹目の火神」

リエントランスという宗教法人のメンバーがS県歌島に火を持ち込み、猿に火を教えたことをきっかけに、高崎山箕面山下北半島といった離れた場所の猿も火を起こすようになったというのが導入部分です。
愛媛県の刑務所から脱走した受刑者を逮捕。広島市内で身柄を確保。
愛媛県の刑務所から脱走した男はようやく捕まりましたが、読んでる最中にその事ばかりがチラついてました。
話を戻しますが、この火を覚えた一匹の猿は群れから群れへ伝えたとされ『火神 アグニ』と呼ばれるようになります。
火起こしを覚えた猿により火事に見舞われる事件が起こり、次第に社会問題化していきます。
ここらへんは文明社会の滑稽さと、純粋に火をつける猿(線路に置き石するカラスと同じ)の対比が面白く感じて、子どもの頃に「サルゲッチュ」で遊んだのを思い出してました。
物語の終盤では霊長類学者の高村教授が雪山でアグニに遭遇して、このまま生かすか殺すか逡巡するシーンがあるんですが、私には手塚治虫っぽく映りました。(もしくはフランケンシュタイン
結局、同時期に火起こしを覚えた猿たちは同時期に火起こしを忘れ、信者がアグニの墓を作って物語は幕を閉じます。
アグニを信仰の対象とする人間が発生したというオチは、どっちが猿なんだ?という問いかけに感じました。
あと『シンクロニシティ』がキーワードとなっていることから、同時に進展するという意味で『二足歩行』とかかってるのかなぁと考えたり。

彼女がエスパーだったころ

スプーン曲げで有名になった及川千春は超常現象に懐疑的な秋槻義郎と結婚。
ある夜、千春の不在時に秋槻がマンションの非常階段から墜死。警察は事件性はないと断定したが、世間は千春を疑い、千春は病んでセックス、ドラッグ、リストカットの日々を送る。まともに世話をしなかった愛犬が飢える姿を見て立ち直った。この時、千春の相談にのっていたのがかつて千春の上司である駒井であり、現在千春からストーカー扱いされている。
さて、秋槻はどうして死んだのでしょう?
というのが大まかなストーリーの内容です。
文章構造は先ほどの「百匹目の火神」と同じように、記者が人物から話を聞きながら謎に迫っていくというスタイルです。
エスパーDJ』のあたりで酒井法子をモデルにしていることに気付きました。笑
でも、もっとぶっ飛んでて欲しかったし、エスパー要素を入れて欲しかったというのが正直な感想です。

例えばーー
現場に凶器は見当たらなかったがパチンコ玉のような球体が転がっていた。念のため鑑識がそれを調べると球体に歪みがある事に気付き、X線にかけると奇妙な空洞があった。球体を切断すると被害者の血痕が見つかった。さらに調べると、夜に提供されたルームサービスのナイフが一本足らず、ナイフの素材を調べたところ球体と組成物が一致した。犯人はナイフで被害者を殺害した後に超能力でナイフを球体に変えたのだ。そしてわざと分かるように現場に残した。これはエスパーから警察に向けた挑戦状だった。

ーーみたいな構造だったらヒントを手に入れるたびに主人公と読者が同じタイミングで考えると思うんです。でも、「彼女がエスパーだったころ」はテンポよく進んでいくので物足らなかったです。

ムイシュキンの脳髄

相手は迷いなく首を振った。
「わたしにとって、網岡とは生涯最高の傑作であり、新たな人類の誕生すら予感させるものだった。網岡という患者を、わたしは誇りにさえ思っていた」
小宮山の顔を覆う層の一角が、一瞬だけうねり、波打ったように感じられた。
「その網岡を、古谷は"廃人"だと言い放ったのだ」

ロボトミー手術よりも汎用性が高く安全とされているオーギトミー手術を巡る物語。
『古谷圭二』『小宮山和夫』という人物が出てくるのですが、さっきの酒井法子を踏まえると『Dragon Ash』と『ホフディラン』がモデルかな?と考えながら読んでました。
『百匹目の火神』の要素も若干入っているので、一冊の本にした時に意味が深くなる感じも面白かったです。

「あなたの人生の物語/著 テッド・チャン/訳 浅倉久志・他」の感想 - モブトエキストラ
以前に読んだテッド・チャンの作品に、現代でいうところのVRが中心になった話があったんですが、新しい技術を開発しても社会に受け入れてもらうには批判を納得させなければいけなくて、オーギトミーによって人格権が侵害されるという見方は興味深かったです。(実際にある問題を挙げると旧優生保護法ですね)
引用した部分は物語の最後の部分で、ここにマッドな感じが全て詰まってる感じがしました。

「水神計画」

浮島に洋上風力発電を建設するはずが、ファンドが破綻し、民間企業が買い取り原発が建設された。地元住民が金で分断させる中大型台風が直撃。その際にプログラムのアップデートでバグが発生し、誤って冷却水の投入を停止したことで炉心溶融した。
これを背景に品川水質研究所が「ありがとう」と水に語りかけると浄化されるというヴァルナプロジェクトを普及させ始めたーー。

というのが大まかな内容。
感想としては…んー。。。面白くなかったです。
カルト宗教の世界観で物語が進んでいくので没入感がありませんでした。それと、浄化できるというのに原発に入る時に防護服とマスクをしている意味がよく分かりませんでした。水は浄化できるが放射性物質の内部取り込みを防ぐためという見方はできますが…。
例えば「オレは素手で熊に勝てるぜ!」って言ってる男がマシンガン持ってたら違和感ありますよね。
それと、この作品で一番良くないと思ったのが、国際NGOの『グリーンピース』をもじった『グリーン・ソラリス』という環境保護団体がテロを行うという描写があるんです。フィクションですから、想像上の組織が何をしようと自由ですが、『アル=カーイダ』は実名でそのまま表記されているんです。同列に位置付けているので、これは作者さんの偏見ではないでしょうか。
リンクを貼っておきますが、グリーンピースはテロ組織ではなくて国際NGO団体です。原発のセキュリティの甘さを知らせるために侵入して旗を立てるという事が前にありましたが、それそのものをテロと呼ぶのは論理に飛躍があると思います。テロは暴力を用いた政治的な主張ですから。

グリーンピースとは | 国際環境NGOグリーンピース
「プラスチック汚染対策」 全世界50カ国で実施=国連 - BBCニュース
アジアのプラスチックごみ問題、広がる海洋汚染危機 写真8枚 国際ニュース:AFPBB News

誰の心の中にも偏見はあります。(私だってバブル世代は頭がおかしいと思ってるし、50代以上の男で眉毛を剃ってる奴は詐欺師が多いという偏見があるんだぜ)
作者の偏見が作品の中に反映されることもあると思います。私はフィクションは自由であるべきだと思っていますが、宗教であったり、歴史的な問題に触れる場合はそれ相応の理解をしたうえで作品を作るべきだと思うし、批判があった場合は「感想は人それぞれです」で片付けず、丁寧に言葉を尽くすべきだと思います。キャラクターを特徴付けるデフォルメの作業は繊細であるべきではと。
あとはそういう作品を売れるから売るとか、視聴率が取れるから放送するというメディア側の倫理観も問われる時代だと思いますし、逆に近年のアベンジャーズ作品なんかはそうした対立や分断を取り上げながらもエンターテイメントに昇華しています。サウジアラビアで映画館が解禁されて上映されたのはブラックパンサーでしたね。

サウジで「ブラックパンサー」上映、35年ぶりの映画解禁 - WSJ

一方、日本ではつい先日も中国人を殺して楽しむラノベが炎上していました。
(だめだこりゃ…)

アニメ化決定の「二度目の人生を異世界で」が出荷停止に 原作者が差別ツイート

TVアニメ化されるというラノベ『二度目の人生を異世界で』の設定がひどすぎて目眩がする - 読む・考える・書く

感想に話を戻しますが、原発でテロを起こすというシーンを作るためにグリーンピースアルカイダを使ったわりに大規模な爆発があるわけでもなく、見せ場がないまま終わっていったのは物足りませんでした。
物語のオチとしては高齢出産の羊水でも生まれてきてくれてありがとうという流れなんですが、原発と絡めている点からしてネタ元はACの『あいさつの魔法。』なんですよね。(ポポポーンってやつね)

あいさつの魔法。 - Wikipedia

破局的な出来事が起こった時に神にすがるとか、カルト宗教の滑稽さを描くとか、そういう作品は特有の面白さがあるので個人的には惹かれる部分があるのですが、この物語はツッコミがないままボケて終わってるので、読者がツッコミを入れないと完成しない気がします。それが回収されないと小田和正よりも言葉にできない…。(言葉を使う宗教にかけてみたよパトラッシュ)

「薄ければ薄いほど」

終末医療プラセボ効果を用いるために宗教を利用。そして怪しい水を売る事が良いことなのか、それとも悪いことなのか分からないラインを突いてくる物語。

本屋さんで「イヤなミステリー」の棚を作った時に置いておいて欲しいです。

「沸点」

エスパー及川千春と協力して、アルコール依存に苦しむ人々にカウンセリングする謎のロシア人を調査するという、バディムービーっぽい展開。これまでの作品の中で一番読みやすかったです。
自己啓発セミナーをモデルにしたカルトが描かれてます。

文庫版あとがき

暴くのは簡単だ。むしろそこには、なんらかの快楽さえ宿ることだろう。しかしこの快楽を、ぼくは排したかった。そうではなく、科学的な知見を大切にしながら、かつまた、あの静かな空間を引き戻すことはできないか。ついでに、スプーン曲げがある実験を、SFとして仕立てあげることは可能か?
確か、そんなことを憑かれたように考えていた。

この「あとがき」こそがこの本の核心だと感じました。
宗教は否定すべきではないが、生命を危険に晒すものに対しては警鐘を鳴らしましょうというスタンスには同意します。

物語の中ではエセ科学であったり、カルトを中心に描かれていますが、ふと私達の身の回りに目を向けると、祭りで人が亡くなっても「いつものこと」として流されてしまったり、学校の体育祭で行われる人間ピラミッドやタワーで重症を負う生徒がいるのに「伝統」として流されてしまっています。そして多くの場合、命が失われるか、自分が当事者になるかしなければ内部にいる人間は目を覚ましません。先ほど私は「ボケたままでツッコミが無くてつまらない」と書きましたが、ツッコミを入れられないから信者になっているとも言えるわけですね。
私がこの記事を書いている現在というのは、総理大臣を守るために財務省が決済文書と公文書を書き換え、国交省が保管する同じ文書を書き換えるためにわざわざ国交省に行ってまで差し替えるという考えられない事態が起こったり、暴力で支配された日大のアメフト部で試合出場するために選手が監督の指示に従い相手選手に悪質なタックルを行なったという事件が起こっている社会です。こうやって文字にしてみると、小説のことを笑っていられません。(汗) アメフト部で問題があったのにラグビー部に抗議する人まで出てきましたから。(うわぁ…)
カルトや全体主義ポピュリズムといったものを見ると、感情をいかに理性でコントロールできるのかが人間の宿命だと思います。そうしたものの危険性を指摘する作品は多くあって欲しいと思います。

(おしまい)

 

彼女がエスパーだったころ (講談社文庫)

彼女がエスパーだったころ (講談社文庫)