モブトエキストラ

左利きのメモ魔が綴る名もなき日常

「火の鳥14巻/ 著 手塚治虫」の感想

にゅーえいじ

先日、本屋に行きました。

例のごとくまたどの本を買うか悩んでいたところ、私の横に4、5歳ぐらいの少年が現れて「お尻探偵!お尻探偵!お尻探偵!」と連呼し始めたのです。
『オシリ…タンテイ? なんだそれは!? 』
全く聞いたことのないワードなので予測変換ができない。
「お尻探偵!お尻探偵!お尻探偵!」
少年は駆け回っていて、海賊の肩に停まるオウムが「オタカラハッケン!オタカラハッケン!」と歓喜するようなテンションです。
赤川次郎作品もとうとう尻に手を伸ばしたのか? それとも伊坂幸太郎作品か?』などと考えているうちに少年の母親がやってきて「こっち!」と手を引いて、ヨガとか風水とかの本がある方へ彼を連れて行きました。
静寂が訪れたあとに残されたのは彼が落としたお尻探偵の本です。拾い上げるとその本は、赤川次郎でも伊坂幸太郎でもバーローでもなく、顔面が尻のデザインをした英国探偵の絵本だったのです。(決め台詞は『ププッとかいけつ』らしい笑)

おしりたんてい「ププッとフムッとかいけつダンス」 / Butt Detective "A Wind-Breaking Victory Dance" - YouTube

行方不明になった探偵を元の本棚に戻し、悩んだ末に購入したのが『火の鳥』の14巻です。少し前に新装版が出るというのを知っていて、全巻揃える資金力がないので最終巻だけ買うことにしたのでした。

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火の鳥「幻の14巻」が遂に誕生! 「COM」に掲載された「望郷編」「乱世編」の初期原稿を収録。

手塚が「現代編」の構想を語った角川春樹との対談、アニメ作りの真髄について語ったインタビュー。伝説のアニメ「火の鳥2772 愛のコスモゾーン」のストーリーボート。オルタナティブ作品として、「ブラック・ジャック」「不死鳥」やミュージカル版のシノプシスの手書き原稿まで。貴重な資料を、オリジナル編集で再現した決定版。

現代編がどのようなモノだったのかという謎に触れられるうえに、ブラック・ジャックも出てくるという内容。これは買わざるを得ないですよね。

↑ちなみに「ちびまる子ちゃん」のラストもチェックしたょ。

邪道なる感想

100分de名著スペシャル「100分de手塚治虫」2016年11月12日(土) 23時~深夜0時40分 Eテレ
読み始める前に「どうせならもう一度手塚作品の魅力についておさらいしておこう」と思って『100分de手塚治』を見返しました。手塚作品に触れてこなかった私にとっては貴重な資料です。その中で新たな発見をしました。
1つ目は火の鳥に出てくるムーピーが『ソラリス』っぽい事。2つ目は『バガボンド』で我執に取り憑かれて仏像を掘るのは鳳凰編から来てるのではないかという事。天下無双を求めて武蔵は戦っているのに、戦うほど天下無双から遠ざかるというのは火の鳥と共通しています。

3つ目は『勇者のくせに生意気だ3D』の『ハナデカがおう』と最終面の『来たるべきセカイ』は手塚作品のオマージュに間違いありませんね。とくに勇生はダンジョン内の食物連鎖を軸としたゲームシステムになっているので手塚作品と共通していますし、ラストに魔王の娘が「いっぱい、いっぱい、死んでいったんだ…… でも、いっぱい、いっぱい、生まれてきたんだ!!!」と言うシーンは感動的です。

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他にも宮崎駿作品のパロディもある楽しいゲームですので、興味がある方は遊んでみて下さい。

さて、ここからは本の話。
収録されているのは以下の通り。

  1. 『COM』版「望郷編」
  2. 『COM』版「乱世編」
  3. 『COM』版「休憩編」
  4. 火の鳥を語る①
  5. 火の鳥2772 愛のコスモゾーン』ストーリーボード・ダイジェスト
  6. 火の鳥を語る②『火の鳥2772 愛のコスモゾーン』とは
  7. 火の鳥オルタナティブ
  8. 解題

いつも感想を書く時には引用しつつ、ここが面白かったという感じで書いているのですが、きちんと『火の鳥』を読んでおらず最終回狩りという邪の道を行く私には正しい事が書けないので、 気になったコマだけを取り上げたいと思います。

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(P7より ウサギ)
綿あめのようなフォルム。人間って顔に対する認知能力が敏感で、3つの点があるだけで誤認したりしますけど、このコマの動物達はどれも後ろを向いているんです。構図としては動物達の視線の先に建物から出てくる城之内博士がいるわけですが、ベタなコマ割りだと動物達のズームがあって動きを止めた先に博士が居るみたいな感じになりそうなものですよね。それを一コマに落とし込んで動物達と読者は目が合わない代わりに、動物達が矢印のように読者の視線が博士に向かうようになっています。

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(P67よりモブの顔)
圧倒的存在感。「存在感はある」よりも「存在感がある」モブ先輩。

KREVA『存在感』Music Video+Trailer - YouTube

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(P73より 天台座主法印明雲…のはず)
なぜか犬になっています。謎です。

「この絵ミス!」ってどういう事???

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(P82より 謎のスヌーピー
これも犬つながり。

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(P126より ネーム段階)
ここから先は下書きのままのコマが続きます。読んでるうちにハンターハンターを思い出しました。原稿が白いという意味だけでなくて、『キメラアント編』ではエネルギーと魂に目を向けた生まれ変わりに関するシーンも出てきますからね。

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P134と137は原稿を紛失していてストーリーの流れが分からず未完のままです。

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(P198より 火の鳥
愛のコスモゾーンは編集部が3000枚超のストーリーボードの中から69枚を選んで文章を添えて構成したダイジェスト版(といってもスゴイ作業ですよね)なのですがそれでも面白かったです。

絵を見ると分かるのですが、ほとんど消しゴムが使われていないんですよ。迷いのない線の集合体みたいな感じで、これで完成してるんじゃないかと思えてきます。
強制作業所にブラックジャックがいたり、サルタ博士という鼻の大きなキャラクターが出てきたりとストーリーを支えるキャラクターも注目で、コミカルな感じはディズニーっぽいなぁとも思うし、人間になりたいロボットが出てくるのもアトム感あるなぁと。しかも、この後に手塚先生本人の解説があって、2001年宇宙の旅とかピノキオ』などをオマージュしていると語られているんです。だから映画ファンが見たら「あ!このシーンあの映画のシーンのオマージュだ!」と分かるかもしれませんね。(私は映画に詳しくないので分からない)

コマについての浅い感想は以上です。
次に火の鳥についての話に触れていきましょう。

火の鳥の構想について

なぜ鳥の姿をさせたかというと……ストラビンスキーの火の鳥の精がなんとなく神秘的で宇宙的だったからです
だからこの「火の鳥」の結末はぼくが死ぬときはじめて発表しようと思っています(P150より)

遺言?

手塚 私が"鳥"をイメージしたのは、図形的な部分ではまったくのオリジナルではございませんので、「せむしの仔馬」という旧ソ連のアニメーションがございまして、ここに火の鳥が出てくるんです。(P154より)

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%25E7%2581%25AB%25E3%2581%25AE%25E9%25B3%25A5_(%25E3%2582%25B9%25E3%2583%2588%25E3%2583%25A9%25E3%2583%25B4%25E3%2582%25A3%25E3%2583%25B3%25E3%2582%25B9%25E3%2582%25AD%25E3%2583%25BC)

王子イワン・ツァレヴィチは、火の鳥を追っているうちに夜になり、カスチェイの魔法の庭に迷いこむ。黄金のリンゴの木のところに火の鳥がいるのを王子は見つけて捕らえる。火の鳥が懇願するので解放するが、そのときに火の鳥の魔法の羽を手に入れる。次に王子は13人の乙女にあい、そのひとりと恋に落ちるが、彼女はカスチェイの魔法によって囚われの身となっていた王女(ツァレヴナ)だった。夜が明けるとともにカスチェイたちが戻ってきて、イワン・ツァレヴィチはカスチェイの手下に捕らえられ、魔法で石に変えられようとする。絶体絶命の王子が魔法の羽を振ると、火の鳥が再び現れて、カスチェイの命が卵の中にあることを王子につげる。王子が卵を破壊したためにカスチェイは滅び、石にされた人々は元に戻り、王子と王女は結ばれる。

この後も角川春樹氏との対談の中で、イメージのモデルについて触れられているのですが、空と大地を繋ぐのが鳥という考え方は人間の普遍的な考え方に思いました。だから時代が異なっても違和感がないのでしょう。意外だったのは手塚先生が医者の学校に行っていたという事。患者の臨終に立ち会った際に、苦しんでいた患者が死の瞬間に天使のような顔になり、その時に「肉体というのは、生命体のエネルギーの長い鎖のほんの一部のような気がしたんです」と語られています。生い立ちを知らない私にとっては「だからブラック・ジャックが生まれたのか!」と今更ながらに新鮮でした。

最終話については、手塚自身が講演で「アトムのエピソードになる」とも語っているが、この対談のように「自分が死ぬときが現代で、死ぬときに最終話を描く」という構想も持っていた。(P250より)

↑これを読んで私はある事を思い出しました。(コナンの脳みそにイナズマ走る感じでピキーン!)

親がゲーム好きだった子どもあるある「親がやるマリオが下手すぎて焦れる」
サイトに肝心なところの書き起こしが無いのでうろ覚えで申し訳ありませんが、以前にBase Ball Bearの小出さんがアトムのゲームについてラジオで語っていたんです。
そのゲームは「ASTRO BOY・鉄腕アトム ~アトムハートの秘密~」という作品で、アトムを主人公としながらも手塚作品のキャラクター達が出てくる横スクロールアクションゲーム。小出さんの話では普通にプレイするだけでは絶対に進めなくて死ぬ必要があると。周回する事で次のステージに進めるというシステムで、これが手塚作品におけるスターシステムになっているそうなんです。ラストについてはネタバレなので話してはいませんでしたが感動したと言ってました。
作者自身がアトムに繋げようとしていたものが、死後にゲームの中で繋がったというわけです。ここまで来るとエンディングが気になって仕方ない!
鉄腕アトム アトムハートの秘密 GBA これは手塚治虫ファンならやらない理由がありません。 | マンガソムリエ兎来栄寿のブログ 先刻の箚記(さっきのさっき)
↑検索してみたところガチの手塚作品のファンである方がゲームを入手してエンディングまで辿り着いた過程がここに綴られています。読ませて頂きましたけどこれは刺さりますね。
「空をこえて ラララ 星のかなた」の意味が爆発してるというか、ゲームにブッダは出てこなかったかもしれないけど、仏教の意味合いで捉えても人間の業を超えるという事が「空(くう)をこえて」で繋がる感じします。

人間の

おわりに

今回の全体的な感想としてはストーリーが未完成な部分があるので、独立した読み物としては物足りなさもあります。それでも読者に届けるために資料編として刊行された事に「ありがたや、ありがたや」と思うのです。

それでも愛のコスモゾーンは面白かったし、不死鳥を絡めたブラック・ジャックの話も面白かったです。作家の中には同じテーマで似た作品を生み出す方が多くいますが、今回読んでみて「ストーリーに力があれば読者はマンネリ感を感じないんだろうな」と改めて思いました。脚本の力と言うのでしょうか。映画から学ぶというのは作家のアドバンテージになるのでしょうね。
それと読者に愛される作品を生み出した作者は死してもなおキャラクター達が生き続けるんですよね。今回一瞬出てきたスヌーピーもそうですしディズニーももちろんそう。最近で言うとアメコミヒーローを生み出したスタン・リーやさくらももこさんだってそうでしょう。
「膨大な作品群は全体を構成する一部であって、自分が死んだ時に火の鳥が完成する」という意味で考えると、まるで生まれ変わりのような天才が現れて、手塚作品に触発され、その欠けた円を完成させる未来があるんじゃないかと空想してしまいます。画竜点睛の竜が火の鳥みたいな話で。
私たちの現代編は、確実に人口が減少して、確実に巨大地震が起こる可能性があって、膨大な借金が残されるのにワーワー言って五輪をやって、嘘が蔓延して暗雲が立ち込める時代の狭間にあります。それでも一筋の光が見える気がするのは希望的観測でしょうか。

「奪いあえば足りず、与えあえば余る」というのは震災から得た教訓です。