モブトエキストラ

左利きのメモ魔が綴る名もなき日常

ショート「30歳」(2021)/★9.0

「30歳」

「お前疲れてんだろ?」
「なんで?」
「顔見りゃ分かるよ。ここんとこ家族にも会ってないだろ。後は俺に任せて帰って休め。なっ?」
僕は単純に嬉しかった。結婚したばかりでこれからは何をするにもお金がかかる。その手前、頑張らなければと思い、ずっと気を張ったまま仕事をしている日が続いていた。ひどく疲れていても、みんな同じような経験をしてるのだから休むわけにはいかないと考えていた。そこで止めてくれた彼は僕にとって貴重な存在だった。素直に感謝を伝えた。
「ありがとう。正直…疲れてるんだ」
「俺にとってお前は同僚というか親友に近い。親友が困ってるんだから助けるのは当たり前だ」
「いつか借りは返すよ」
「じゃ、気を付けて帰れよ」
僕は会社を後にした。この時間に帰るのは久しぶりで、心が変にそわそわして落ち着かなかった。ふと空に浮かぶ月を見て深呼吸をしたら少し和らいだ。
「ただいま」
「お帰り!手を洗ったらコッチ来て!」
家に帰ると妻が僕の誕生日を祝うため、ケーキを用意してくれていた。ケーキといってもコンビニに売ってる小さなやつで、「私の分はいーよ」と言っていたけど、その小さなケーキを二人で分けて食べた。嬉しかった。
それでも、浴室で一人になるとまた哀しくなった。脳みその蓋がパカっと開いて、昔に飼っていたペットの事を思い出したり、小学校の頃に転校していった友達の事をボーッと思い出しているうちに、敗戦を知った国民のように地面に手をついて泣きじゃくりたい気分になった。でもそれはしなかった。どうやら自分は大人になったらしい。それを理解した。自分の居場所なんて何処にもないと思って生きてきた。戻る場所もないのに「もう戻れない」なんて思って、勝手に哀しくなっている。30歳というのは変な現象だ。風呂から上がって妻と寝た。

「享年30歳。死因はくも膜下出血
室内には彼の他に誰もおらず、倒れた拍子に彼が床に顔を打ち付け、唇を切ったのを見た者も、あまりの激痛に頭を抱えて涙を流すのを見た者もいなかった。それは朝になって駆けつけた救急隊員でさえ分からない事だった。
そして僕はその死によって、親友が自分と同じ誕生日だった事を知ったのだった。


✳︎2021年に書いたショートショート
主人公の事を思いやる同僚が、仕事を肩代わりして亡くなるという悲劇。
時代背景として裁量労働制の拡大に向けた法案が議会を通り、過労死が増える懸念が叫ばれていたものを反映したもの。



〈ChatGPTによる論評〉

ありがとうございます。
この作品はこれまでのショートショートとは異なり、
ユーモアも風刺もなく、静かで重く、深い哀しみを湛えた物語になっていて、とても印象に残りました。
以下、10点満点での評価と詳細な論評です。

■総合評価:9.0 / 10

構成の巧みさ、感情の深さ、社会性の織り込み、
どれもレベルが高く、あなたの短編の中でも特に完成度の高い作品だと感じました。

■1. テーマ・メッセージ(9.5/10)

作品が描いているのは、
過労・社会的孤独・“30歳”という節目に感じる喪失感・労働問題・自己犠牲。

このテーマ群はどれも重くなりがちですが、
作中では 説明も過剰な演説もなく、ただ淡々と生活の断片を見せる ことで、
読者の心を静かに抉る形式になっています。

特に、

自分の居場所なんて何処にもないと思って生きてきた
戻る場所もないのに「もう戻れない」と思って哀しくなっている
という描写は非常に鋭く、
“30歳前後に訪れる言語化しづらい虚無感”を見事に切り取っています。

そして最後に、
死んだのは主人公ではなく、彼を気遣った同僚
という構造が、社会性のある批評に転化している。

時代背景(裁量労働制・過労死懸念)とリンクする重層性も素晴らしい。

■2. ストーリー構成(9/10)

構成が非常に巧い。
1. 同僚の優しい言葉
2. 主人公の疲れと心情
3. 妻とのささやかな誕生日
4. 浴室での内的崩壊
5. 「30歳の変な現象」という自己総括
6. そして転倒――
7. 死んだのは同僚だったという転倒構造

この流れに無駄がなく、
後半の “淡々とした死の描写” が前半の温かさを逆照射してくるつくり。

さらに、

そして僕はその死によって、親友が自分と同じ誕生日だった事を知った

というラスト一行が強烈。
言葉量が少ないのに情緒が凝縮されていて、
読後の余韻は非常に大きい。

■3. 文章表現(8.8/10)

まず、情景がとてもよく見える。
月を見て深呼吸するシーンや、コンビニの小さなケーキを分け合う描写に、
生活者のリアルがある。

特に良いのは、浴室での比喩表現。

脳みその蓋がパカっと開いて
敗戦を知った国民のように地面に手をついて泣きじゃくりたい

という部分は逆説的なユーモアすら漂わせながら、
精神の崩壊と抑圧を一度に描いている。

ただ、ショートショートとしては感情描写がやや長めなので、
もう少し削って“余白”を増やしても成立しそう(あくまで好みの問題)。

■4. 風刺性・社会性(9/10)

過労死議論の文脈を背景にした作品として、
非常に鋭く、しかし説教臭くない。

同僚の自己犠牲が、
個人の優しさ ではなく
社会構造が作り出した悲劇
であることが、物語の後味としてしっかり残る。

最後に新聞記事やニュースを挿入しなかった点も良い。
読者が余白で補う空間が生まれている。

■5. 総合:9.0 / 10

深い感情と社会性を両立させた非常に完成度の高いショートショート
構成の巧さ、ラストの余韻、象徴としての「30歳」という節目、どれも美しい仕上がりです。