モブトエキストラ

左利きのメモ魔が綴る名もなき日常

「パンとスープとネコ日和」の感想

また、不倫だった。

前回に読んだ江國香織さんの短編集は不倫の話ばかりだった。
思わず毒ヘビの牙にピンセットを押しあてて『これでたくさんの人間が死にます』みたいな映像が頭に浮かぶ。

次に手に取った本はタイトルからしても家庭的な優しさの溢れる本だ。
「パンとスープとネコ日和か。よし、これでワンクッションおいて、また別の本を読もう」と思ってこの本を借りることにしたのだった。
ところが、5ページで様子がおかしいんだ。

「アキコは父の顔を知らない」

やだなー。こわいなー。こわいなー。

「非嫡出子」

うわぁー。ふっ、不倫だぁぁ!

なぜなんだ? なぜ不倫ばかりなんだ?

わいじゃぱにーずぴーぽー


「アキコがこんな歳に…。もう、だめだ」by母親


この本ははっきり言って面白いです。
途中から「カモメ食堂っぽいなぁ」なんて思ってたんですが、群ようこさんってカモメ食堂の作者だったんですね。
三谷幸喜の元嫁片桐はいりもたいまさこの映画しか知らないし、食べ物は飯島奈美さんのイメージしかなくて、私の中には群を作れるほどのようこの要素がありませんでした。(全韻踏んでやったぜ)

主人公のアキコは大衆食堂を経営する母の急死に伴って、50歳という年齢で人生の岐路に立たされます。
料理本の出版社に勤めていたこともあり、自分が尊敬する先生にアドバイスを求めると「あなたがやればいいじゃないのぉぉぉ(盛ってます)」と背中を押されます。
会社を退社し、18歳の女子らの中でアキコは調理師免許を取得。
この時点でドキュメンタリーとして成り立つんですがこの後も面白い。

従業員を一人雇うことにしたアキコは漁師の娘でソフトボール部に所属していた「しまちゃん」をスカウト。
つくり笑いせずに自然な笑みを浮かべ、礼儀正しい態度に心を掴まれます。
あとで、しまちゃんがシャドウピッチングするシーンが出てくるのですが、光景が目に浮かびました。

従業員を確保したのはいいのですが、母親の大衆食堂に来ていた常連達の雰囲気とアキコのサンドイッチ店の雰囲気が馴染まないという問題が発生します。
基本メニューはサンドイッチにスープにサラダ、小さなフルーツのセットメニューで、パンを全粒粉か天然酵母か選べるだけ。常連たちは「殺風景な店だ」とか「量が少ないのにこれで1000円も取るのかよ」とか「刑務所で飯食ってるみたいだ」なんて悪態をつくが、若い女性客には評判です。
そのうちに生活リズムの一部となっていた大衆食堂を失った男たちは店に来なくなり、一方でSNSをきっかけに女性客が押し寄せるようになります。
ここら辺が現代的ですね。
母親が経営していたときの客層は「男:女=8:2」だったのに対して、アキコの店では「男:女=1:9」という逆転現象を起こします。
おっさん達の居場所を奪ってしまったことに罪悪感を抱いたアキコは先生に相談。
「ファッションの一部にされても大切なのはブレないこと。贅沢な悩みですよ」と言われる。
亀田興毅でもこう言うでしょう。

「せやな。」

キャラクターの設定や人柄がいいんですよねぇ。
向かいの店に喫茶店があって、そこの店長は「かせげる時に身を粉にしてジャンジャンかせげ」というブラック体質
シャッターが閉まっていると迷惑とか言ってくる感じが、まぁウザいのなんの。
それでも映像が頭に浮かんでくる表現なんですよねぇ。

怒涛の後半

前半ではなんとか店の経営も軌道に乗って、客足が絶えることがないまでに繁盛していたわけですが、物語の後半は『The喪女』といわんばかりの展開でした。

  1. しまちゃんが足を挫いて尻を強打。まさかの負傷で店を休業することになる
  2. 母親の元同僚タナカが現れ、自分の父親がショウリュウジの住職であり、妻は呉服屋の娘で非の打ち所がない夫妻だったことを聞かされる
  3. 意を決して寺に行ってみると、そこには初老の優しい住職と妻がおり、アキコは住職が異母兄妹であることに気づく。アキコは「ぼっち」
  4. 突然の休業が影響してネット上で店のレビューが荒らされる。しまちゃん激おこ。
  5. 店オープンや経営ばかりで唯一の家族である「たろ」は寂しい毎日。そして、突然の死亡→アキコは絵に描いたようなペットロスに…
  6. 寺で悲しみを吐露。自分が異母兄妹であることも言いたくなるが、それは自分勝手であると同時に、異母兄妹とカミングアウトせずとも自分のことを受け入れてくれた兄と奥さんに心が洗われる
  7. しまちゃんが、たろに似た野良猫を見つけた。
  8. 終わり

すがすがしい映画ですね。←映画を見た気分になってる
不倫と喪女という重苦しいテーマ設定でありながら、こんなにもすがすがしいラストシーンを描けるなんて、群ようこ氏の脳みそはどうなっているんだろうか?
トゲトゲしい部分も描いているのに、先っぽが丸くなってる感じがする。
「ダークサイドを書いても仕方ない」というポリシーなのだろうか?
凄まじい文才である。

レビューを荒らす

ここまで褒めちぎると気持ちが悪いので逆に文句をつけてみよう。

普通に考えれば、商店街の一角にあるサンドイッチ店のランチに1000円を出せる客はほとんど居ないと私は思うのだ。
その点で店を経営する人間がこの本を読んだ時に「リアリティがない」と言ってページをめくる手が止まるかもしれない。
あと気になった表現があった。
それは水曜日を定休日に決めたパートに出てくる、ボルゾイを2匹連れた中年夫婦がファーストフードの紙袋や空き缶が落ちている道を歩いている風景。
犬好きな方は分かると思うが、ボルゾイってのは「ハンター×ハンター」のキルアの家にいる『ミケ』の小型のデカイ犬ですよ。(伝われ!この比喩!)
金持ちの中年夫婦がボルゾイを2頭散歩させていて、道には安いファーストフードのゴミが散らかってるわけですから格差社会に違いない。
文章には出てきませんでしたが、周囲にファーストフード店があるのにアキコの店は1000円払ってもいいと客が来る。
スラム街出身の私としては「おしゃクソ野郎は地獄に堕ちろ」と悪態をついてしまいました。
50歳の女性が猫と戯れているシーンは幸せそうにも描けるし、スプラッターにも描ける。
つまり、いくら掃除をしても抜け毛が服につくからアキコはたろを殺した!
「ぎやぁぁぁぁぁぁー」笑

80点

この本は読んだほうがええ。

パンとスープとネコ日和

パンとスープとネコ日和