モブトエキストラ

左利きのメモ魔が綴る名もなき日常

3月11日 100年後と涙を流すDJ

00-06 ×

06-12 HD

12-18 BBH

18-24 ×

 

B. 東北地方 -0-0-2-0=2

D. 中部地方 -0-1-0-0=1

H. 九州地方 -0-1-1-0=2

合計回数      -0-2-3-0=5

 

10:48 奄美大島北東沖 30/3.7 ①

11:26 長野県南部        10/3.1 ②

13:04 秋田県内陸南部 10/4.3 ④

14:03 宮城県沖            50/4.3 ②

14:29 鹿児島県薩摩     20/3.2 ②

 

昨日からTwitterの調子が悪く、今日はさらにカクカクしまくってついったらーできないったらーだった。いつもみたいにご飯食べながら見てたが、『問題が発生しました』という表示しかでなくなり、夜になってもあまり変わらないので、昔ながらのURLを貼りまくるスタイルを併用する。

海外のニュース

BBCでは航空会社の破産を大々的に取り上げていた。その議論の他に国民の生活を保障する為にお金を配っても、これはあくまで保障であって、隔離されてしまった経済を活性化させる事ができない。どのように対策をするのかという話をしていた。

国内のニュース

東日本大震災9年 各地で祈り 避難者なお4万7千人:北海道新聞 どうしん電子版

処理水処分で意見割れる エネ庁が福島・広野町議会に説明 | 河北新報オンラインニュース / ONLINE NEWS

助かれば終わり、ではない 各地で災害の実態痛感 | 岐阜新聞Web

被災地つなぐ布草履 東北の被災者から台風19号被害の信州へ | 信濃毎日新聞[信毎web]

浪江に帰りたくても… 障害や持病「居場所どこに」 震災から9年|【西日本新聞ニュース】

震災後に避難していた沖縄から今も注文が 福島のパン屋さん 支えた常連客へ感謝 | 沖縄タイムス+プラス ニュース | 沖縄タイムス+プラス

東京新聞:3・11から9年 千年先の郷土を守る:社説・コラム(TOKYO Web)

社説:東日本大震災から9年 新しいつながり育てよう - 毎日新聞

(社説)原発被災から9年 重い現実を見すえ一歩ずつ:朝日新聞デジタル

[社説]誰もが被災者になる時代の教訓に: 日本経済新聞

大震災9年 整備された基盤を生かしたい : 社説 : 読売新聞オンライン

【主張】3・11から9年 危機に強い日本をつくれ - 産経ニュース

↑全電源喪失は起こらないと言った教祖様の発言は棚にあげて菅内閣の事故対応を批判する産経。


震災の話題に隠れてしまったけど、先日小西議員の質問対して森法務大臣が言った答弁が支離滅裂だった話の信憑性について質問が重ねられて、発言内容は真実なのか?という問いに対して、私がそう言った事は事実だと答弁したらしい。

以前まで私は森議員について、福島出身という事で起用され、特定秘密保護法を可決させる汚れ役をさせられた、ある種の被害者に見えていた。しかし、この様な口から出まかせの答弁や虚偽答弁を繰り返し、野党の質問時間を消化させるだけの存在であるなら、全く同情の余地はない。しかも法務大臣だ。

五輪の為に何もかも犠牲にした国の経済政策がカジノって終わってるよね。

松永の目にも涙

今日、TBSラジオのAction(何が理由だったのか未だに分からないが、上層部によって討たれた荒川強啓さんの首塚)のゲストにいとうせいこうさんが出るというので聴いてみた。

「長岡の花火のほうが良かった」というDJ松永発言に始まり、3.11当時のせいこうさんの話が始まった。誰もが言葉を失い、未来が見えなくなっている中、DJ LarryHeardが日本に残ってDOMMUNEでビートをかけ続ける姿に感動し、その後に『想像ラジオ』ができたのだと。その話の流れで、家が流された女性と園芸家の柳生真吾さんの息子さんと被災地を回り、車がないのに信号機がある光景が広がっていて、車中で誰もいないのに喋っている感じがするねと話したと。(この話の流れのなかでせいこうさんが柳生真吾さんが亡くなったと言っていて、私は少し衝撃を受けた。というのも、柳生さんはせいこうさんの『自己流園芸ベランダ派』のあとがきを書かれた方で、私はその素晴らしいあとがきが胸に残っていたのだ)

その後、被災地の方々が木の上に引っかかってる遺体を降ろせないという事を言っているのを作家として書かないといけないと思いつつ筆を走らせたが、ずっと自分は当事者ではないという苦しみを抱えて『想像ラジオ』が生まれた事と、これまで言った事はないけど印税の半分(全額だと責任逃れをしてるみたいで)を被災地に送っている事を話した。その苦しみを抱えながら活動を続けていたある日、大学で講演した際に父親を津波で亡くした女性から、「お父さんが居なかった期間の事を書いてくれてありがとうございます」と言われて、せいこうさんは泣いてしまったそうだ。その女性は今は結婚して、まるで父親の生まれ変わりのように3月10日ぐらいに子どもを産んで、海に関係する『港』という名前を我が子につけたという。

この時点でDJ松永はせいこうさんのお話に引き込まれていた。そんな彼に異変が起きたのは東京新聞の連載(今は終了してる)を紹介した後だった。

せいこうさんはみんなの声を聴くのが目的だったから、連載では黒子に徹して自分の部分はバッサリ切っていたと話しつつ、放射性プルームがあるのに子どもを外に出してしまったお母さんは未だにそれを後悔しているし、自分達に情報をくれなかった人達を恨んでいる。俺はジャーナリストじゃなくて作家だから、この人達の名前を出す事はできない。10年を区切りに補償が打ち切られ、東京の人達は自分たちの事なんて忘れてると思ってる人がいる。だから俺は100年後の事を考えて知識のある人々と行動するんだと決意を語った。

〈おや?松永の様子がおかしいぞ??〉

これを聞いた松永さんは、これまで3.11の事を考えてこなかったから、今日せいこうさんの話を受け止められるか不安だったと気持ちを吐露した。

それに対してせいこうさんは「そんな事ないよ。沈黙の中で想像する事が大切なんだから。LarryHeardにできたように松永にしかできない事があるよ」と優しく答えた。

松永さん)有難うございます。グスン、グスンッ

私は驚愕した。クラブで有名人がDJをやっているのを見ると「あいつ金ねーのかな?」と思うような、常に他人を見下して無礼講で接する永久凍土の心が溶けた歴史的瞬間だ。

ーーと思った数秒後、DJ松永氏が以前にライムスターの曲をかけて泣いていた事を思い出し、彼の涙に対して感動する事はやめた。せいこうさんはカッコいい!