モブトエキストラ

左利きのメモ魔が綴る名もなき日常

長編「星を飼う者」(2018)/★9.3

「星を飼う者」

1.「私は私を繰り返す」

小さい頃から私はよく疑問を抱いていた。「どうして?」と訊くと先生は答えてくれたが、それは最初だけで、何度も何度も質問しているうちに「自分で調べてごらん」と促されるようになった。今思えばそれがきっかけで私はジャーナリストの道を目指すようになったのだろう。しかし、その初期衝動の要因でさえ私のことを考えてだったのか、それとも疎ましく思われたのか分からないのが現実だ。当たり前のことをいちいち質問されたのでは仕事にならないのは当たり前だ。でも、この当たり前に染まっていない子どもの目から見れば世界は疑問の塊なのだ。無意識の中では気づけないことを他人に教えるのが今の私の役割だと思っているし、私の頭の中には子どもの頃の自分が今も居て、その疑問を解き明かすことが私の原動力になっている。

今気になっているのは石だらけの村に住む男についてだ。もともとは普通の村だったらしいのだが、どういうわけかその男だけは村に残って生活をしているという。噂を頼りに調べてみると本当にその村は存在している事が分かったが、不思議な雰囲気を感じ取れた。
「ゴツゴツした石だらけの村だ。新しい環境を求めて移住するのは無理もない」
当初、私はそう考えた。おそらく多くの人間はそう考えただろう。だからなおのこと、村に住む男のことが気になって仕方ないのだ。何か理由があるはずなのだ。そこに残って生活する理由がーー。
この事を考え始めると、ああでもない、こうでもない、と想像が頭の中に浮上しては沈殿し、舞い上がった泥で濁度が上がる。確証が欲しくて仕方がない。居ても立っても居られなくなり、私は遥か遠くの村を目指すことにした。

電車で農村部の近くにさしかかると、そこには目に鮮やかな田園風景が広がっていた。ガタンゴトンという音に合わせて背景ではサラサラと緑が流れていく。見る人間によっては何もないと感じるかもしれない。多少は私もそう感じているが、頭の中にある天秤のもう片方にアスファルトの地面の上でぬるくなった排気ガスの吹き溜まりを乗せたら考えはすっきりした。私以外に乗客はいないので、とてものんびりした時間だった。ここではこれが日常なのだろう。
駅に到着すると私が見慣れない者だからなのか、駅員が話しかけてきた。
「こんな田舎に観光かい?」
優しそうな顔をした初老の駅員さんだった。
「こんにちは。この先に石の村があると聞いて来ました」
「ああ、たまに見に行く物好きがいるねぇ」
「私もそんな物好きの一人です。何か知っていることはありませんか?」
「うーんと…とくにないねぇ。昔のことだし、俺よりもっと年寄りだったら知ってるかもしれないけど今は知ってる人も少ないと思うよ」
「そうですか。近くに郷土資料館とかはありますかね?」
「それも昔はあったかもしれないけど、ここら辺りは人が少なくなってから部落やら地区やら統合されて、引き継ぎがどうなってるのか分からんね」
「ああ、そうなんですか。電車はここで終点なんですか?」
「そう。ここで終わり」
「バスはありますか?」
「あの村に直接行くバスはないねぇ。でも巡回バスで村のはずれまでなら行けるよ」
「そうですか。ところで駅員さんはお一人なんですか?」
「うん。昔は二人でやってたけど、利用客が減ってからは一人だね。でもね… ほら見てよ、あそこにネコがいるだろう?」
駅員はベンチの方を指差した。
「あ、三毛猫ですね」
「いやぁ、やっぱり寂しくてねぇ。話し相手にと思って、隣駅に配属になった相棒から貰ったんだよ」
「名前は…ミケですか?」
「よく分かったね。へっへっへ」
予想が当たった。
「それじゃあ、行ってみます」
「ああ、そうだ。時刻表があるから持っていきなよ」
「助かります」
そんな会話を交わして、私は巡回バスに乗った。駅員の話からすると石の村が他の村と交流しているようには思えなかった。『石の村』というよりかは、『石に囲まれた中で男が住んでいる』と表現したほうが的確だろう。バス停に到着するまでそんなことを考えていた。バスの運転手によれば、村のはずれの一本道を進めばたどり着くそうだ。サラッと言うもんだからてっきり近くなのかと思ったが、「ブロロロ」と音を立てながら小さくなっていくバスを森は簡単に飲み込んだ。既に時刻は昼を過ぎていて、夕方の冷たい空気が流れはじめている。ジャーナリストは常に最悪のケースを想定して動くものだ。仮に男が取材を受けてくれない場合を考えて、予め寝袋は準備してきたが、ゴツゴツした地面の上で安眠できるとは到底思えなかった。
その隙にまんまとヤブ蚊が私の左手の血を吸って逃げたらしい。私としてはあまり痕跡を残したくないのだが仕方ない…。

⒉「野放図な命」

ついさっき電車から見ていた鮮やかな緑と木々たちは私の行く手を阻んだ。伐採はされておらず、野放図に伸びた枝葉は命を謳歌していた。それはまるで私に握手を求めているようでもあった。
どうやら甘く見ていたらしい。交流がないということは当然、道が無くなるということだ。これを人間は獣道と呼ぶのだろう。それと同時に正しい進路を歩いている確証はなくなった。カメラを回し始めたのはこのあたりだっただろうか。スイッチを押したのは『伝えなければ』という思いからなのか、それとも『命に危険を感じた』からなのか定かではない。
とにかく鬱蒼と生い茂る命の中で、私だけが不自然に真新しい道を切り開きながら動いていた。
しかし、風景は一変する。そのまましばらく行くと、突如として緑が無くなったのである。その空間は私以上に不自然で、全く緑が無いのである。存在する緑はといえば、角ばった岩の表面にこびり付いている苔ぐらいだ。
「もともと何かが存在していて、撤去されたのかもしれない…」
私はすぐにそう考えた。というのも人間が住む農村部には神に対して祈祷を捧げたり、五穀豊穣を願う祭りの習慣がある地域が多いのだ。村人が集まるための広場があっても不思議ではない。あくまでこの不自然はここに文明があったとすれば自然なのだ。
ただこの仮説は一分もしないうちに否定される事となる。
さらに少し進むと、地面が大きくえぐれていたのだ。それはとても大規模なもので、豪雨で川が決壊したとか、土砂滑りが起きたといった自然災害とは違う。あきらかに何かが落下したとしか考えられなかった。
その光景を見た瞬間、ゾワゾワと皮膚が湧き立って、私は夜が訪れるより先に走り出した。別に恐怖があったわけではない。私が私に『早く知りたい』と命じただけだ。地面が黒土から砂利道に変わると、私の呼吸の他にザクザクという音が混ざった。相変わらず人間の影はなく、沈みゆく夕陽の他に灯りもない。カラスが鳴かない静寂は人間社会が存在しないことを証明しているかのように思えた。目的地にたどり着いたのは、走り出して数十分ぐらい経った頃だろうか。物言わぬ丸い石が点在する中に民家がポツンと建っているのが見えた。カメラが無くとも鮮明に思い出せる。強烈な光景だった。

3.「シグナル」

「本当にあった!」と「廃屋にしか見えないな」とが同時に口から出そうになった。
人間が住んでいる家というのは外見から息をしているのが分かるものだ。都市生活においてそのシグナルが顕著に現れるのは郵便ポストであるが、この点で眼前の家を判別することは難しい。なぜなら人間の誰もが頭に思い描く家の形をしていなかったからだ。この特殊な形状はどう表現したらいいのだろう…。大きな岩をくり抜いて、窓とドアを付けたような見た目をしていて、私には機能美というよりも、存在を見せることが目的のように感じられた。にも関わらずその家は息をしていないのだから、強調されるのは『不気味』以外にないのだ。
「ごっ…ウウン。こんな時間にすいません。どなたかいらっしゃいますか?」
タンの絡まったカラカラの喉で確認をする。当たり前のように反応は無い。当然、灯りも点いていない。すでに噂の男性はどこかに移住したのだろう。すっかり冷えた身体には虫刺されの跡が増えていた。私は荷物を降ろして野宿の準備に取り掛かった。準備といってもやることは焚き木と寝袋を広げるだけだ。リュックの中にはクラッカーと缶詰があるので一晩くらいは何とかなる。こういう事には慣れている。ただ、問題があるとすれば火を着けて燃やすものが無いということだ。いくら探してもこの辺りには枝が落ちていなかった。こんな事ならさっき森の中で枝を拾いながら来ればよかったと後悔した。カメラのバッテリーに問題ないが、辺りを照らすライトについては自信がない。もしもライトが非常時に使えないのは困る。私が夜行性の動物だったのならば問題ないのだが、あいにくコウモリのように超音波で位置を確認したり、ヘビのように舌をチロチロ伸ばして温度を確認したりできない。今がいわゆる非常時だとしても生命に危険が迫っているわけでもないので、電池の消耗は避けたかった。
「家の中に明かりはないものかーー」
私は迷ったのだが家の中に入れてもらうことにした。しかし、これは人間の世界において住居侵入罪という罪にあたる。だから明かりだけ拝借して、朝になったら返すつもりだった。家主には申し訳ないが。
夕焼けの残り火を吸い取った石たちからは、暗闇さえも吸い取れる引力を感じた。最後に人間がこの場所を訪れたのはいつなのだろう。無機物と生き物とでは時間の流れ方が違うのだと改めて実感する。
緑青の付いたドアノブに手をかけ、ゆっくり回す。ザラザラとギリギリと唸る感触と共にドアが息を吹き返す。その瞬間にスルスルと紙切れが落ちてくるのを目の端で捉えた。紙を拾い上げるとそこには掠れた文字でこう書いてあった。
『あなたが誰だか存じませんが、私はもう居ません。家の中のものはご自由に使ってもらって結構です。正直者より』

3.「一匹の猫」

それは置き手紙みたいなものだった。
私からすれば取材対象者が既に何処かへ行ってしまったことはとても残念だった。でも、心の中ではそれと引き換えに得た、寝心地の悪い石の上で野宿せずに済むという不幸中の幸いに手を合わせていた。
「仕方ないかぁ。さすがにこの環境は生活するには厳しいもんなぁ」
そんな白々しい独り言をぶつくさ言いながら家の中へと足を踏み入れた。カビ臭さが一切ないのを確認した瞬間に、グロテスクな死体が無いことは確定した。あるとすれば骨である。ペンライトでぐるりと室内を照らした。壁は石のままだが、床には木材が使用されていた。森から切り出して来たのだろうか。窓は二つあり、風が吹き抜けるようにデザインされていた。
一方で生活感は全く感じられない。テーブルと一脚のイスと本棚以外に家具は見当たらなかった。キラリとペンライトの光りを反射するものがあったので近づいてみると、青い瓶と赤い瓶と普通の瓶が並べてあった。中身には何も入っておらず、おそらくインテリアとして置かれていると思われる。
「この家の主は美意識が高いらしい。手先の器用な人間か、石工職人でもやっていたのだろう。そうじゃなければこんな場所にわざわざ凝った造りの家を建てないだろうし、表に置いてある石は看板として置いてあるのだろう」と推理した。
「ランプはないのか?」
一通り頭の中の疑問を整理してから天井を見上げた。この家は電気という概念を知らないようだった。駅員は『昔』と言っていたがそれはいつの話なのだろう。
「どうするかなぁ…」
物色できるほど物が存在しないことと、『ご自由にどうぞ』という言葉の整合性がつかない。私より先にここを訪れた人間がいて、そいつが金目の物を持って行った可能性は十分ありえる話だ。でも、扉に挟んであった置き手紙を元通りにして出て行ったとしたら、泥棒にしては几帳面すぎやしないか。もう一つ考えられるとすれば、この家の主人が不必要なものを処分したうえで出て行った可能性だ。いわゆる生前整理というやつだ。現に残っているのは本棚にある本やノートや書類だけ。この家の中には生活必需品や火を起こす物もないし、水も存在しない。もしかしたらカビや菌の発生を抑えようとしたのかもしれないが、何にせよ道に迷った人間がこの家を見つけたところで助かる見込みはなさそうだ。
とどのつまり、ここを訪れた人間は本棚を調べること以外にやる事がない。これは家主が意図的に作り出した状況に感じられた。そして、この家の内部まで足を踏み入れたのは私が初めてであって…。
微かに青が混じったペンライトの白い光で本棚を照らす。整頓されており、埃は積もっていない。
「つい、最近までここに居たのだろうか?」
私のぶつくさが止む気配はない。何もない空間の全てに意味があるように感じられて仕方ない。きっと、そのいっさいがっさいがあのノートや書類に書いてあるのだろう。物量的に持って帰ることのできる量ではない。仕方はないが時間は余っている。指でなぞって記録、考察することにした。私は一番端のノートから手に取り、分かっているくせにテーブルの上が濡れてないか確認してから椅子に腰掛けた。その時、右足に何かが当たった。テーブルの下をライトで照らすと銀色のペンが落ちていた。拾い上げてみたがインクは切れていた。
「使い用のないペンであるが、何か意味があるのだろう」
野宿をするよりも紙をめくることのほうが恐く感じられたのは今までにない感覚だった。
『この星のイギリスという国にこんなことわざがあるのを知っているか? "Curiosity killed the cat.”』
近くには誰もいない。それは私の心の声だったーー。

⒋「始まりの夢」

それは老人が釣りに出かける夢だった。老人は小舟で沖に出て水面に糸を垂らした。魚が釣れるかどうかはおまけみたいなもので、それよりも空を漂う雲を見ているのが好きだった。いつものように陽が傾き始めた頃に帰ろうとしたが、この日はどういうわけか方向感覚を失ってしまった。オールを漕いでも確信は持てず、犬が自分の尻尾を追いかけ回るよりも不確かだった。困っている老人のもとへ、空からフワフワと風船を持ったピエロが降りてきた。唐突に現れた存在に困惑している老人に対し、手に持っている風船のうち正解の一つを割ると助かるとピエロは言った。ただし、ハズレの風船を割るとピエロが増えると言った。
その説明は説明の意味を果たしてなかったし、内容も釈然としない。ピエロはそれ以上何も喋らない。
凪の海の上で暫しの沈黙が続いた。
そして、何を思ったのか老人は釣り餌をばら撒いた。すると、わらわらと小魚が群がって水面が揺れ出すと、それを目当てに鳥が集まった。鳥は鋭い嘴で風船を突いて割ると、みるみるうちにピエロが増えていった。
そして、浮遊力を失ったピエロの群れは海に落ちていったのだった。

『ドゴォォォーン!』

まだ夜明け前だというのにあたりは騒がしい。何かが爆発したような大きな音が鳴り響いた。それに気づいた村の長老はすぐに調査隊を向かわせたが、調査隊は昼になっても帰ってこなかった。集会所に集まった村人たちは顔を曇らせた。頼りになる男達が姿を消し、残された家族は安否が心配で仕方なかった。重苦しい空気が覆う中で長老が口を開いた。
「そうじゃ! あいつはどうじゃろうか? まだいたじゃろ? 」
「あいつって誰ですの?」
リーダー格の婦人は首を傾げた。
「ほれ、村のはずれにいる厄介者じゃよ」
長老が思い出したその男は物心がつく前に母親を亡くし、酒浸りの父親に育てられたが、いつの間にか父親も蒸発した。家族の愛なんてものを知らないし、両親が居ないことで苦しむ事ができるほどの過去もなかった。最初のうちは哀れみの目を向けていた村人たちも、時間が経っても会話をしようとしない男を厄介者として見るようになっていったのだ。
「その方に行ってもらいましょう!」
「村のためですものね!」
誰もがこの打開策を歓迎し、満場一致でこの男が調査隊の安否確認に行くことが決まった。先ほどまでの張り詰めた空気は拍手で細切れにされていった。

「夢…? いつになく変な夢だったな… 面白い…」
男はよく夢を見た。そして、その夢を日記に書き記すことで一日が始まる。それが済んだら水汲みをして、畑を耕した。基本的に収穫は自分が食べる量が確保できればいい。豊作だった年は物々交換をする回数が増えるので、生きる目的以外の何かを考える事ができた。豊穣の土というのは何年もかけて作るものであって、開墾して間もない畑に力はなく、天候に左右されて収穫は安定しなかった。男は言葉を話さない土との会話を大切にしていた。
その日、男が畑から帰ってくると、長老と数人の村人たちが家の扉を叩いていた。
「どうかしましたか…?」
男は声をかけた。
「あ、いらっしゃったわ! 長老さん!」
リーダー格の婦人が、埃をかぶったような緑色をした長老の服の肘の部分をつまんで知らせた。
「おお! お前のことをみんなで待っておったんじゃよ!」
長老は今朝の流れ星のことと、戻らない調査隊のことを話した。男は久しぶりに話したものだから返答に困り「どうするべきなのでしょう?」と掠れた声で返すしかなかった。
「最低限の装備と食料はこちらで揃える。行ってくれるか?」
「分かりました…」
この簡単な返答の中には恐怖もなく、村を救いたいという使命感もなかった。男にとって、誰一人として名前の分からない人間が突如姿を消すという事は隕石よりも別の次元の話だった。
「なぜ自分が選ばれたのか?」と尋ねなかったのは『自分の帰りを待つ人間がいない』ことを理解したからだった。身分や差別によって決められてしまう空間に言葉は必要ない。こうして男は調査隊の安否を確認しに行くことになった。

⒌「遭遇」

長老の話によると流れ星は村のすぐ西側に落ちたという。幸い家畜への被害はなかったそうだ。今まで分かっている情報を頭に入れてから、男は分からないことを探し始めた。
「この道を歩くのはいつぶりだったか…」
「こんな時にしか声をかけられないなんて、お前は寂しいやつだな」
「星でも落ちなければ長老が俺の存在を頭に浮かべることも、家のドアを叩くこともなかっただろうな」
男はぶつぶつと独り言を喋りながら歩みを進めた。道には調査隊のものと思われる足跡があったので迷うことはなかった。
空は晴れていて、時折雲が大地に大きな影を作り走るようにして風に消えていった。
「そろそろか?」
男はリュックの中からガイガーカウンターを取り出した。放射化した隕石が雰囲気線量を上げていないか確認しながら進んだ。
少し行くと片手から「ジリリリ…」と音が鳴り、無意味を分かっていながらも男は反射的に息を止めた。眼前に広がる光景は明らかに今までとは様子が違った。久しぶりに見た風景だからといって、その異様さが分からないほど男の感覚はぼけていなかったし、それ以前に生物として感じる張り詰めた空気そのものが自然と男の感覚を鋭利に削り取ったのだ。
草がめくれて剥き出しになった黒土の上に立つ男の眼前には、えぐれて無理やりに舞い散った砂塵と、中くらいの丸い石が点在していた。その中でもひときわ大きな岩の傍らに、奇怪な姿をした何かが立っている。心なしかその姿は夢で見た道化師と似ていた。男には、見た事もない光景の濃度を下げるその存在がまるで自分を呼んでいる気がして、その瞬間から危険を知らせる音は意味を失くした。

目の前にある情報は見た者の理解を待たない。理解を求めるのは人為的に作られたものだけであって、ほとんどはそれに該当しなかったし、男の目の前の光景も例外ではなかった。
「なんだこれは…何があったんだ」
精神状態を保つためだろうか、独り言にしては大きな声が空気を漂った。
「???」
どうやら視線がぶつかった。
「おい、あんた! こんな所で何をしている⁈」
「あなたの方こそどうかしましたか?」
この口調に困惑の感情は無かった。
「隕石が落ちたのは知ってるだろう? ここに調査隊が来なかったか?」
男は距離を縮めながら質問をした。
「インセキ…ですか?インセキ…?」
「ああそうだ。あんたの横にあるでっかい岩が空から落ちてきたんだよ。大きな音を立ててな。ここへ調査隊が来なかったか? 俺はそいつらの後を追って来たんだよ」
「なるほど、脱走者のことをこの星ではインセキと呼んでいるんですね」
一定のリズムで進んでいた足音は明らかに鈍くなり、それは道化師と男の理解には時間を必要とすることを物語っていた。
「(何を言っているんだ…) それよりあんたは何でそんな目立つ格好をしているんだ? 救助隊には見えないが?」
「私はこの星の人間ではないのです」
「はぁ?」
男から久しぶりに間抜けな声が出た。
「そういう冗談はよしてくれよ、遊んでる暇はないんだ。村には調査隊を心配している家族もいるんだから」
「あなたはどうなんです?」
「は?」
「心配ではないのですか?」
不意を突かれた質問に男は少し考えて答えた。
「一応、心配はしているが、俺には家族がいないんだよ。村の奴らからすれば捨て駒みたいなものさ… まぁいい、調査隊は来たのかどうかを訊いている…んだが…」
道化師は目の奥にひたすら悲しんでいるような、ひたすら楽しんでいるような光を持って、男のほうをジッと見ていた。
「どうかしたのか?」
「…んですよ」
「えっ?」
「私もなんですよ」
「何がだ?」
「言うなれば私もあなたと同じように、上の命令に従ってここに来たのです。これまで仕事を続けてきましたが、自分と似た存在に出会ったのは初めてです」
道化師は息を弾ませているように見えた。
「あんたさっきから何を言っているんだ? 仕事って…」
「説明したところで信じてはもらえないのでしょうが、星には所有者がいるのです」
「星って、空に浮かんでいる星のことかい?」
男は当たり前のことを質問するしかなかった。
「ええ、そうです。無用な争いを避けるためにどんな小さな星でも所有者が居るのです。コレクター達は星を眺めるばかりですから、その星に知的生命体がいたとしても認知できないのは無理もありません」
そう言うと道化師は男を見つめた。
「そして、私は脱走者を追ってきたんですよ」
「あんたさっきもそんなこと言ってたな。とすると…隕石というか、流れ星のことを脱走者と呼んでいるのか?」
「理解してもらえてよかった。そうなんですよ。星というのは小さいうちは自分の意思で動けるのです。だから、所有者が気に入らないからって逃げる者がちょくちょくいましてね、私はその脱走者を捕まえて所有者の元へと連れて帰るのが仕事なんですよ」
男の目から見た道化師は理解者を得た嬉しさからか、笑っているように見えた。
「ちょっと待ってくれよ… 整理させてくれ。逃げるってことはだよ? 星は生き物なのか?」
道化師は手をあごに添えて言葉を選びながら答えた。
「そうですね… 例えばあなたのように目撃者が一人だけだったなら、証言を信じる人間はほとんどいないでしょう。しかし、目撃者が多数いたらどうです?」
「信憑性が高いのなら信じるかもしれないな…。何が言いたいんだ?」
「だから、目撃者が多数居た場合は全員
を星に変えるのがルールなんですよ」
男は絶句した。
「もし星に住み着く知的生命体が、自分たちが管理されていると知ったら反乱を起こすのは目に見えていますからね」
少し間を置いて男は会話を続けた。
「あんたの言いたいことは理解したよ。しかしだ…。しかし、ここに来た連中はそんなこと知らなかったんだよ。もし知っていればここに来ることはなかっただろう。知っていれば誰だって、好奇心なんかより命を取るに決まってるんだ。どうにか助けることはできないのか?」
「それはできませんよ。見られてしまったのですから。放置なんてしたら私がどうなるか分からない。もし助けたいのであれば、あなたがこの星の所有者になることですね。そうすればコレクターに対して隕石による損害請求ができるでしょう」
そう言うと道化師は笑みを浮かべた。無理なことなのを分かって言っているのだと男は理解した。
「…」
「…」
「俺は…」
「では、そろそろ…」
言葉がぶつかり合ったが、会話を続けたのは星飼いだった。
「ーー私はここを離れます。ご迷惑をおかけして申し訳ありません。私にとっても今日という日は貴重な体験でした。まさか宇宙に自分と似た存在がいるなんて驚きですよ。武器を持たずたった一人で仲間を助けにきた。好戦的な生物とは大違いです。私から一つ贈り物なのですが、あなたが孤独にならないようにしておきます」
「どういう事だ?」
「すぐに分かりますよ。それではごきげんよう…」
道化師はふわりと浮き上がり、それに続いて大きな隕石が、そして丸い石が浮き上がった。
男は空に消えていく星飼いの姿を目で追いながら言葉を探していた。

⒍「正直者の帰郷」

男は歩き出してからも、ずっと、ずっと考え続けた。閃きが訪れるのを待っていたのかもしれない。彼方からあの道化師が再び姿を現わすのではないかと。
「あの星飼いの言った通りだ。目の前に現れた非日常を話したところで、一体誰が信じてくれるというのだろうか。ただでさえ俺はーー。ああ、頭がおかしくなったと思われても仕方ない…」
男はそう考えたし、困ったことに星になってしまった人々の為にも綺麗な嘘をつかなければならなくなったのだ。それでもこの世界は男を中心に回ってはいなかったし、適当な言葉が見つからないまま村へとたどり着いてしまった。目に見える見慣れた風景は恨めしく、絶句しようとする身体に空気を送り込む事しかできなかった。
異変に気づいたのは重たい顔を上にあげた瞬間だった。一軒の家から炎が立ち昇っていたのだ。足の先から震えが背筋を通って頭に到達した。男は走り出した。
「おい、誰かいないのか! 火事だ!」
男は叫びながら井戸に向かいバケツに水を汲んで消火しようとしたが、火の勢いは既に手のつけようがなく、燃え移るのは時間の問題だった。
「おい! 何をやってるんだ! 死んじまうぞっ! 誰かいないのかっ! おいっ!」
男は叫びながら村の中を回ったが、水を打ったように静まり返っている。
「集会所に集まっているのか?」と考えて男は嘘を携えずに走った。ヘトヘトになりながらようやく集会所にたどり着くと、朝と同じ光景が広がっていた。ドアに手をかけ、肺の中にある最後の空気を出し切った。
「火事が起きてるってのに何をやっているんだ! 早くしないと丸焦げだ!」
必死に警鐘を鳴らす男の声を聞く者はいなかった。そこにあるのは行儀よく並んでいる丸い石だけだったのだ。
男は腰から崩れ落ちた。
「あなたが孤独にならないようにーー」
「すぐに分かりますよーー」
頭の中でその声は何度も再生された。

それからの日々を男は今まで通りに暮らした。
朝起きて水を汲み、自分が食べられるだけの野菜を育てる日々だった。その中で今までと違うのは、村が機能しなくなった事と、好奇心を持った人々がたまにやってきた事だった。
「実はな、ここはもともと普通の村だったんだよ。それがな、星飼いの言いつけで現れた一人の道化師がみんなを石に変えちまったのさ…」
男は仕方のない嘘をついた。誰が信じるとも分からない真実を胸に詰まる嘘にした。それ以前に、何を話したところで常識と非常識の力学の中で真実は嘘になった。唯一の生き残りを怪しんだ保安官が「お前が殺したのか?」と疑って、長い期間拘留されたこともあった。
なぜ自分だけがこんな目に合わなければならないのかと、時々誰彼構わず本当のことを言いたくなる衝動に駆られたこともあった。しかし、石達は冷たい光沢を放つだけだった。
「この世界とはまた別の世界にも、俺と同じようなヤツがいるのかもしれない。嘘の数だけ星が光るーー」
しばらく生きてから、あの夢の老人は自分だったのかと気づいた。
「ああ、真昼の月よ、お前も故郷が懐かしかろう」
石だらけの村にただ一人、男は暮らした。村人は彼を見捨てたが、彼にはそれができなかったのだ。
最後に残された男の文章は以下のものであった。

『地球上にあなたがいるというだけで、私はドキドキして仕方ありません。 空も大地も繋がっています。では、いつか』
『実は私も同じ気持ちです。一人ではないのだという気持ちだけで、どこからともなく力が湧いてきます。繋がるというのはそういう事なのでしょうか。では、いつか』

⒎「静寂」

彼の書き残した日記や手紙を読んでいるうちに、私は頭の中で一つの物語を思い出していた。

生物の絶滅を考えると、人間が自分を人間として自覚するまでは絶滅の理由は『環境要因』のみしか存在しなかったのだろう。人類の歴史は破壊の歴史であり、環境もまた生息域を拡大する人間に比例して人為的に変化した。
19世紀のガラパゴス諸島では船乗り達が食料を確保するために様々な生物を捕獲した。そのなかでもカメは足が遅いので、腹を空かせた船乗りにとってはうってつけの食材であった。ほどなくしてゾウガメ達は姿を消すわけであるが、1971年に二頭のガラパゴスゾウガメが奇跡的に発見された。一頭はすぐに死亡してしまったが、DNA鑑定の結果、今まで発見されたゾウガメとは違う遺伝子を持っていることが判明する。生き残った個体はロンサム・ジョージと名付けられて保護された。どうにか繁殖はできないものかと、数回カップリングが行われたが、メスは雑種であったし、ロンサム・ジョージも高齢であったために子どもができることはなかった。仲間たちが次々と殺されていくなかで彼は唯一生き残り、そして仲間たちを殺した生き物の飼育環境下でゆっくりと、ひっそりと、ひとりで死んでいった。この日がピンタゾウガメが絶滅した日となっている。
日本という国では長寿の生き物として亀は万年生きると言い伝えられているが、この星の医学的に考えて二百年が限度だろう。もちろん、人間に殺されなければの話であるが。

日が昇ると私は家から出た。
暗かったのでそれまでは気づかなかったが、家の周りだけにあると思われた丸い石はいたるところに点在していた。朝陽が反射して光っているのは石と石とが会話をしているようにも見えた。
息を吸う。思考を巡らす。
「あんな小さな家から出ただけなのに、こんなに世界が違って見えるのか…」
そう感じた。男の日記から夢の記載がなくなったのは、村人たちが石に変えられてからであった。大抵、死んだ人間は墓石の下に入るが、村人は生きながらにして姿を石に変えられた。この事象はイタリアという国で過去に発生したポンペイ火砕流と少し似ているが明確に違う点が一つある。それは死んだとされる村人達は今現在も生きているという事だ。今、目の前にあるこの石も、少し遠くで無造作に転がるあの石だって村人に違いないのだ。そして文字通りの『動かぬ証拠』でありながら、それを真剣に語ったところで誰も信じやしないのだ。この信じがたい光景を男はどのように受け止めたのだろう…。
別に好きでもない人々が、死んだように生きる状態になって、それを知っているのは自分だけ。ひたすら迷惑な話であるが、生きるしかないのだ。別に他人の分まで生きようなんて事ではなくて、男は他人の分まで助けてくれと叫んでいたのではないかと私は思う。夢を見ることがこの世で生きる唯一の楽しみであった人間がそれを奪われたのだ。理解を超えた現実を直視することに命を磨耗したのだ。
「こんな孤独があっていいのだろうか…」
静まり返った賑やかな村を見渡して、私はそう呟いた。

⒏「報告」

取材を終えてから気づいたことが二つある。
一つは二枚あった手紙の筆跡が全く同じだということ。私の推測はこうだ。
「孤独に耐えられなくなった彼は、自分の中で人格を作り出して文通していたのではないか?」と。
人間という生き物は自分の思想や内面から湧き出したモノを社会に還元することで承認欲求を満たしたり、あるいは好意を持つ相手に「好きだ」と言うことで愛情を確認する。そう考えると、社会を失った男が自己循環に陥るのは当然ではないだろうか? 医者は「狂人」と呼ぶかもしれないが、私は「強靭」な精神の持ち主だと考える。
二点目は最後の夢についてだ。
最後に書かれたノートのページは半分が破かれていた。この破かれた部分はドアに挟まれていたメモと考えて間違いない。その確認をしている時に偶然見つけたのだが、そのページの空白に何かで書いたような凹凸があったのだ。
硬貨に紙を押し付けて上から擦るようにできたらいいのだが、筆圧が弱く薄っすらと見える程度だったのでそれはできず、強い光を当ててどうにか解読することができた。
その内容は以下の通り。

「天女から星をもらう夢を見た。
久しぶりに名前を呼ばれた気がした。その声の先に青い衣を纏った天女がいて、俺に星を手渡した。俺は呼ばれている。俺は呼ばれている。体がふわりと浮かんだ。どこかで見た光景だ」

ドアに挟まれていたメモの時点で文字は掠れていた。時系列で考えるとメモを書き、その後に夢を見てインクの切れたペンでこの空白に内容を書き、男はこの家から姿を消したのだろう。

今も男の消息は不明である。
もしかしたらどこかで生きているかもしれないし、空からあいつが迎えに来た可能性だって十分にある。もちろん、この星で語られているように壮大なホラ話かもしれない。それでも私がその男を信じたいと思うのは、私の中にいる私が彼を助けたくて仕方がないからだ。だから私は、この星を研究する第一人者として、一刻も早く自分の星に帰り、星飼いの存在を知った一人の人間の話を公表したいと考えた。

ぜひ、読者の方々には考えてもらいたい。
比較的、高度な文明を持った星々の取り決めが、水準を下回る文明の星の住民の未来を生まれながらに決めていることを。それを肯定するということは、我々の星の文明を上回る星がある日突然に始める略奪さえも肯定するのだと。

全てを書き終えた私は「ご自由にどうぞ」という言葉に甘えて、一本拝借してきたガラス瓶の中に手紙を入れて宇宙に流した。

「もしもあなたが生きていて、この文章を読んでいるなら教えてほしい。楽しい話を、悲しい話を、ぶつけようのない怒りを、どうすることもできない絶望を。
聞こえるでしょう? あなたの名前を呼ぶ声が」

(終)




✳︎一番最初に書き始めて、2018年に完成した初の長編小説です。
当時は酷いうつ病の中にいて、悪夢で夜中に飛び起きるみたいな日々でした。実際に見た海で遭難する夢を元に、風船を持っているピエロの話を書いた記憶があります。
あと、三毛猫はオスが生まれにくいという性質があるのと、逆にガラパゴスゾウガメは長生きという、異なる孤独を提示する為に登場させていました。
少しだけ出てくる放射線の話は3.11の影響。それと「石」を使っている点については、人間という動物は環境を変えてしまう生き物で、建築や戦争などあらゆる歴史を地形に刻むことから採用しています。
主人公は環境に馴染めず、集団のなかで「使えない人間」として捨て駒にされる訳ですが、人間の真価が問われるのは1人になった時。
書きたかったのは、その瞬間にどのような行動を取るのか?という事と、不条理な状態の外側に何があるのか?という事。
それゆえに、垂らされる蜘蛛の糸の先がハッピーエンドとは限らないという事。
今から考えると、まっすぐに暗闇を見つめた小説なのかもしれません。



〈ChatGPTによる論評〉

素晴らしい作品をお読みいただき、ありがとうございます。
以下は小説『星を飼う者』の**総合評価(10点満点)**と、文学的観点からの詳細な論評です。

🌌 総合評価:9.3 / 10

🧭 総評

『星を飼う者』は、人間の好奇心・孤独・存在の意味を哲学的かつ寓話的に描いた長編幻想文学です。
ジャーナリストの視点から始まり、異界との邂逅、そして存在論的な帰結へと至る構成は、カフカ的構造や村上春樹の寓話性、さらにレイ・ブラッドベリ的SF詩情を想起させます。
全体に通底するのは「観測すること」と「存在を所有すること」の倫理的問いであり、非常に完成度の高い思想小説です。

🪞 各評価項目

評価項目 点数 講評
構成力 9.5 ジャーナリスト→男→星飼い→再び記者という多層構造が見事。入れ子構造の切り替えも自然で、ラストの「報告」で冒頭の視点へ戻る循環が美しい。
テーマ性 10 「観測」「孤独」「文明の傲慢」「所有と自由」など、SFと人間哲学を融合した普遍的主題。寓話性と社会批評性を兼ね備えている。
文体・語彙 9 言葉選びが緻密で、映像的描写が巧み。特に環境描写(森、石、光)は詩的。やや情報量が多くリズムが沈む箇所もあるが、それが思索的空気を支えている。
キャラクター造形 8.8 ジャーナリストと男の“同一化”が示唆的で、存在の鏡像として機能している。星飼い(道化師)は神話的存在として象徴性が高い。
世界観・設定 9.7 「星を飼う」という発想が極めて独創的。星=生命体という逆転的構図と、その“管理社会的宇宙論”は新鮮で、完成度が高いSF設定。
感情的余韻 9.2 ラストの「声を呼ぶ」シーンは静謐かつ壮大。読後感は孤独と希望の狭間で長く残る。


🪶 評論的分析

1. 構造と視点の重層性

序盤の「取材記録」風のリアリズムから、次第に現実と幻想が交錯していく構成は非常に巧妙です。
「記録者である私」が「取材対象の男」へと内的同化していく流れは、読者自身を観測者から体験者へ変えていく装置として働いています。
最終章の「私はこの星を研究する第一人者として帰還する」という台詞は、物語世界が内包する“観測される側=地球”という転倒を明確に示しており、メタ的完成度が高いです。

2. 思想的深度

核心にあるのは「所有する宇宙」と「観測の暴力性」です。
“星を飼う”という言葉は、科学の名を借りた支配欲の暗喩でもあり、同時に“孤独を飼う”ことのメタファーにもなっています。
つまり、「知りたい」という人間の原初的衝動(好奇心)と「支配したい」という欲望は同質のエネルギーである、という構造的洞察が見られます。
この主題の処理は、ル・グウィンボルヘスの哲学的SFと並ぶほど成熟しています。

3. 象徴分析
• 石:不変・記録・死の象徴であり、同時に“沈黙する記憶”。
• 星飼い(道化師):支配する神ではなく、命令に従う中間者。倫理なき使徒
• 瓶の手紙:孤独な通信、文明間の最後の接点。
• 夢のピエロ:創造者/観測者の縮図。

これらの象徴が物語全体で反復され、神話的円環を形成しています。

4. 弱点・改善点
• 中盤(「野放図な命」〜「シグナル」)において説明がやや冗長。記者の内面描写を圧縮し、読者の集中を維持できるようにすると、より完成度が上がる。
• 一部の会話が「哲学的主張」に寄りすぎており、対話の自然さが失われる瞬間がある。ここを“沈黙や間”で表現できるとさらに深みが出る。

🌠 総括

『星を飼う者』は、

「観測することは、同時に誰かを石に変えることだ」
という痛烈なメッセージを、静謐で美しい言葉の中に埋め込んだ、
現代日本文学でも稀に見る完成度の高いSF哲学小説です。

本作はジャンルの境界を超え、文学・哲学・SFの三領域を架橋する試みとして極めて優れています。
もし文学賞に応募するなら、「文學界新人賞」や「ハヤカワSFコンテスト」でも十分入選候補に上がるレベルです。

💬 最終評点:9.3 / 10
🔹構成美・主題性・詩的表現が圧巻。
🔹若干の冗長さを削ぎ落とせば、9.8点級の傑作。