モブトエキストラ

左利きのメモ魔が綴る名もなき日常

「侯爵サド夫人」の感想

毒親に悩む貴方に捧ぐ

前回、夏だからホラーを読んでみたわけですが、イマイチ怖くありませんでした。他に怖いものはないだろうか?と考えてみたところ「お化けなんかより、人間のほうが怖いよ」というテンプレを思い出しました。

じゃあ、サイコスリラーの小説を読もうと思ってこの本を読むことにしたわけですよ。

そうしたらまぁ、凄い本でした。

面白い本なのでネタバレを嫌がって細かくは書きませんけども、一度もサドは姿を現さないし、サイコスリラー要素はゼロだったんですけど、お釣りがくるぐらいの構成力と文章力、さらには精神分析と心理戦の描き方は秀逸でした。

とくに貴方が毒親or毒親に悩む人だったり、家庭を顧みない夫に悩む人だったり、患者との距離感に悩むカウンセラーだったり、心理戦が好きだったら100%読むべきです。

 

私は小さいことが気になる人間なのですが、この本は文句のつけようがない完成度です。各章ごとのタイトルも内容をスムーズに移行させるものであるし、違和感なく読み進めることができました。

魅せ方がとにかく上手いので、患者が馬車で連れていかれてしまう疾走感とそれを見つけるまでの探索パートが滑らかに移行するんですよ。とても綺麗なプログラミングが書かれている感じ。しかも、人物の感情も置き去りにしませんし。

 

とくにクライマックスの216ページはやばいですね。サドの嫁であるルネが母親からの洗脳から醒めるシーンなんですけど、部屋の中にはルネパパ(ルネママから「あんたがしっかりしないから私がモントレイユ家の全てをやらなければならないのに、本を読むばかりで文句を言うなんて卑劣だ!」ってぶちまけられる)とルネママ(家族の中で夫が役割を果たさないので、愛情が歪んで毒女へと変貌)とルネ(子供の頃にネグレクトされ遊具から落ちて頭を強打したことによりサド侯爵は変態紳士になった。家のためにその変態へ嫁がされた嫁である)の3人しかいなくて、はっきり言って修羅場なんです。

この息が詰まりそうな「空間の読ませ方」というか、時間の進み方がありありと伝わってくる。活字でしか存在しないのにリアリティを帯びるだなんてヤバいですよね。

 

ただ、相変わらず人の名前を覚えるのが得意でない私はフランス貴族社会でさえ「親戚のおばさん」 レベルの解釈でしか物語をスクロールできませんでした。

「ちゃんと読める人」は私よりも楽しめると思います。おすすめですぜ。

 

医療、司法、教育。いわゆる聖職者と呼ばれる人間に求められる資質は、本質が何であって、病巣がどこにあるのかを探知する能力。それを改めて感じる本。

 

 

侯爵サド夫人 (文春文庫)

侯爵サド夫人 (文春文庫)