モブトエキストラ

左利きのメモ魔が綴る名もなき日常

「あなたの人生の物語/著 テッド・チャン/訳 浅倉久志・他」の感想

ブラックサンダぁぁぁ!

最近、雑誌の売り上げが減っているという記事を見てから「行かねば」と思ってはいたが、別に買いたい本があるわけではなかった。

雑誌のコーナーに行くとポパイがまさにそんな特集をしていて、思わず立ち読みしてしまったよパトラッシュ੯ੁૂ‧̀͡u買えよ!

君の街から、本屋が消えたら大変だ! — Popeye No. 845 試し読みと目次 | POPEYE | マガジンワールド

そうやって見て回って、いつもの自分のポジションに差し掛かった。そう、ちくま文庫&ハヤカワ文庫のコーナーである。

「第3のチンパンジー」って本があってめちゃくちゃ読みたかったけど、今回買った本が競り勝った。

なぜ「あなたの人生の物語」を手に取ったのかというと、タイトルに惹かれたわけではない。

この表紙をご覧頂きたい!

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ドバイの建物みたいにそびえ立つブラックサンダー!(もしくはチョコレートコーティングの柿の種)

その横に新海誠の文字が!

さらに映画化!だって⁈

とにかくブラックサンダーの圧に負けじと、情報が畳み掛けてくる感じが面白い。(ゴリゴリ来るぜ)

さらにページをめくると、8話の物語が入っているというではないか。

長い文章が苦手な自分にとっては嬉しい構成。そのうえ「映画化されてるとなれば、さぞかしスゴイ文章力なんでしょうね?」とハードルを上げた結果、960円+税が薄い財布から飛び立って行ったのだった。

 

バビロンの塔/訳 浅倉久志

8月22日 ナイトプールのショートショート - モブトエキストラ

この間、大友克洋さんの「バベルの塔」がすごかったって感想を書いたのだけど、この話では「バビロンの塔」という表記になっている。

その名の通り旧約聖書に出てくるバビロニアを舞台にした話で、ストーリーの中核をなす塔の大きさはイラクのシュメール平原に横倒しにして2日の距離で、手ぶらで登って一ヶ月半かかる高さという設定。

ヤハウェを知るためにバビロン人が鉱夫を雇って、バケツリレーみたいな感じでレンガを荷車で運ぶ作業を繰り返してる。

主人公のヒラルムは鉱夫として四ヶ月かけてレンガを最上階まで持ってきて作業をするんだけど、すでにその高さは宇宙エレベーター規模。

天井はどうなっているのかというと、白い花崗岩(かこうがん)で作られた「丸天井」になっていて、昔にヤハウェがこの「水門」を開けて洪水を起こしたという言い伝えがある。だから、人間はこの水門から水を抜く作業をしようとしてるわけだけど、結局穴が空いた時に主人公は閉じ込められて死に物狂いで上に泳いで行ったら地上の砂漠に繋がっていたというオチで終わる…。

 

Σ(-᷅_-᷄๑)ん?

 

神話をベースに塔の暮らしや風景描写を肉付けしただけで、個人的にはイマイチな話だった。

初めからその塔が存在していて、人間たちはヤハウェに近づくために足場を作って登り、さらには頂上の水門から水を抜くまではストーリーとして成り立っているけど、その先が砂漠に繋がっていて『そうか、円筒印章だ。』って勝手に主人公が納得するところに論理の飛躍がある。

「終わりは新たな始まり」とか「輪廻転生」とか色々と解釈できるかもしれないけど、飛躍した論理の先に常識を逸脱した面白さが全くないから「面白くない」としか言えない。

それと、こんな言い方をするとよくないかもしれないけど「神話」って面白くなくても許されるんですよね。「過去にこんなことがありました」って話だから。その点は期待値を上げた私が悪かったのかもしれません。

じゃあ、表紙のヘリコプターは何なんだよ!

ヘリなんて一回も出てこない。当たり前だよ神話だもん。石を削る文明の人間には作りようがないからね。

現時点では「パネルマジック」と同等の扱いですが『メッセージ』でヘリコプター出てこなかったらこれはジャロ案件です。じゃろってなんじゃろ〜♪

 

 

理解/訳 公手成幸

 『バビロンの塔』がいまいちハマらなかったので_(:q 」∠)_こんな感じになっていたところ、この作品はかなり好きなジャンルというかタイプのストーリーでした。

主人公のレオン・グレコはクレパスの間に滑落して一度は植物状態になったのですが、「ホルモンK療法」を受けて意識を取り戻します。

その後、普通に日常生活を遅れるまでに回復しましたが、何度も氷の中でゆっくりと死んでいく悪夢を見るので、治療を受け続けます。そんなある日、自分の理解力が驚くべきスピードで上がっている事と、二つの事を同時にできる事に気づきます。

それに着目した神経科の部長のシェイ博士は主人公に対して、調査研究に参加するよう呼びかけました。しかし、何か裏があるのではないかと考えた主人公はその知能を活かして医師のアクセス権限で食品医療品局(FDA)へハッキングし、損傷した脳内のシナプスがホルモンによって新しいシナプスを構築することと、損傷が激しいほど知能が向上するという情報を掴みます。

その後、主人公は自分がどこまで真理にたどり着けるか没頭していきます。身体的にも思考回路も人間から遠ざかって、自分で原語を生み出そうとするのですが、インプットに対してアウトプットが追いつかないので欲求不満になり、さらなる進化を求めて自分でホルモンK療法の注射を行うのでした。

長いので端折りますが、この間にCIAと恋人を絡めたスパイ映画さながらのやりとりが展開されていますが、ギャンブルで稼いだ金を株に突っ込んで悠々自適な生活をエンジョイしてるので全く感情移入ができないところがサイコパスな笑いどころだと私は思います。

 

そして注射の結果、映像を見ただけで一流のピアニストが弾くようにピアノも弾けるし、見ただけでマーシャルアーツもできるレベルになります。(うちは一族の写輪眼かな?)

これはつまり、自分の身体を自由自在にコントロールできることであり、精神のメタモルフォーゼが可能になったということ。分かりやすく言えば自分の思考回路のプログラミングを書き換えることができるということです。その結果、ありとあらゆるものが点と点の繋がりに見えると同時に無意識もなくなり「夢」を見ることもなくなりました。

よかった、よかった、めでたし、めでたしとなると思いきや自分の保有している企業の株が暴落。

企業のイニシャルを並び替えると『GRECO』の文字が…

自分と同じような人間がいると判断し、データベースから植物状態にあった人間を洗い出し『レイノルズ』という男に狙いを絞りました。レイノルズは主人公よりも15日も前に3度目の注射を行い、臨界超越者になっていたのでした。

彼が住んでいるフィラデルフィアのアパートにタクシーで行くと(普通すぎるだろ)、室内でデカイ椅子に座った男がくるりと回ってこちらを向く。(どんな気持ちでスタンバイしてたんだろうね)

レイノルズは、わたしが照覧したあの美を見いだしてはいない。すばらしい洞察に迫っていながら、それに気がついていない。彼に霊感を与える唯一のゲシュタルトは、わたしが無視したもの、惑星社会の、その生物圏のそれだ。わたしは美を愛し、彼は人類を愛する。どちらも、相手は尊い機会を無視していると感じている。

語られざる彼の計画は、世界に繁栄をもたらすグローバルな感化ネットワークをつくるというもの。それを実現させるために、彼は多数のひとを雇い、その一部には単純に高度化された知能とある程度の超越的自己認識を与えるつもりでいる。その何人かは彼にとって脅威となるだろう。

この見解の相違の先は写輪眼合戦なんですよ。
別にジャッキーチェンみたいな激しいアクションがあるわけじゃなくて、いかに相手を操るかみたいな脳内の心理戦で。

結果、どうなったかっていうと『コナミコマンド』を理解した主人公が爆発して死ぬっていう笑

才覚において彼がうわまわっていることを、わたしは容認する。これは彼の熱心な努力によき前兆を与えるものだろう。救世主には、唯美主義より実利主義がはるかにふさわしい。

わたしはいぶかしむ。世界を救ったあと、彼はなにをするつもりなのだろうかと。

わたしはその"ことば" を、そしてそれによって操作される意味を了解し、かくしてわたしは崩壊する。

レイノルズ)「お前が見た食料品店が上上で、少年が着ていたシャツが下下なんだ。部屋に入った音楽が左右左右で、お前がこれを考えてることがBAなんだよ」

グレコ)「理解した。ドカーン!」って笑

 

この作品の解釈は

  1. 天才は自分の言葉(他人から学ぶことはするが他人とは共有しない)で哲学に没頭するということ
  2. 自己変革の道を探求する天才同士が、同じ目標を掲げて共存することは難しい
  3. 外国語が分からないサッカー選手は汚い言葉で罵られても理解できないが、言語を覚えてしまうと空耳のように「ただの音」でさえ意味を持つということ

の3点だと思います。

とくに1が主人公とレイノルズのスタンスの違いになっていて、レイノルズの考えは「優越感と独占欲」を「他人にも分けてあげましょう」という真逆の意味が同居しています。

人類全体の底上げをすると天才である自分の価値が下がるわけですから、主人公がそれを嫌ったのは分かります。

でも、その一方で主人公は恋人を作りましたし、レイノルズもわざわざ自分の存在を知らせたわけです。

つまりはどれほどの天才でも孤独に勝てないということではないでしょうか。

その結果が「他有化」or「他力本願」であると私は解釈しました。

はじまっちゃった?人工知能(AI)が人間に理解できない独自の言語を生み出し会話を始めた(米研究) : カラパイア

そういえば最近、AIが言語を生み出して会話をし始めたことが話題になったんですけど、自立歩行のプロセスにおいてそれは避けて通れないと思うんです。

子どもはみんな天才だって言うじゃないですか。

 とりあえずバビロンの塔よりは面白かったです。

 

ゼロで割る/訳 浅倉久志

ある数をゼロで割っても、その答えは無限大という数にはならない。その理由は、割り算が掛け算の逆と定義されているからであるーーもしある数をゼロで割り、つぎにその数にゼロを掛ければ、もとの数がふたたび得られるはずだ。しかし、無限大にゼロを掛けても答えはやはりゼロであって、ほかの数にはならない。ゼロを掛けて、ゼロ以外の答えを出せるような数はない。したがって、ゼロで割った結果は文字通り"不定"なのである。

この作品は冒頭から面白そうな匂いを醸し出してますがズバリ面白かったです。

この作品の文章構造は数学的なアプローチで書かれて、上記の引用文みたいな「数学的な解釈」が書かれたあとに本文が書かれて、そしてまた数学に関する記述があって…という「証明」の構造になっているのです。

aパートとbパートがあって、aの主人公は「レネー」という天才的な数学者でbパートの主人公である「カール」の妻にあたります。

物語は監禁病棟に入れられ、24時間監視されていたレネーが退院するシーンから始まります。

夫であるカールは医師と会話したあと手続きを済ませて彼女を連れて帰ります。

レネーに対する愛情よりも義務感のほうが強くて接しているとの記述があって、読み手に不協和音を感じさせます。

この「義務感」というのはカール自身が20年前まで入院していたという背景があって、「3bパート」では退院後に友人の紹介で出会った「ローラ」という女性によって、『感情移入』を教わり今の人格が生まれたと記載されてます。結局、自分は生物学を学ぶために大学に残る決断をしたのでローラとは離れ離れになったそう。

カールおじさんの片思い!

一方でレネーは7歳の時に親戚の家の大理石の床に貼られたタイルを見て、その規則性に胸を打たれて才能が開花!

23歳で発表した博士論文が絶賛されます。

2人が出会ったのはカールの大学の同僚がひらいたパーティがきっかけで、レネーを見たカールが彼女の表情を解読することに興味を持ったのがきっかけです。

(あれ、変態さんかな?)

 

どうしてレネーが監禁病棟にぶち込まれたのかという謎に迫っていくわけですが、彼女は自分が考えた「証明」の間違いを指摘してくれる人物を探していて、最初は「ファブリーシ」というファブリーズとはなんの関係もない人物(私は急にボケるから気をつけな!)に見せましたが論文の間違いを発見することはできませんでした。レネーはバークリー校のキャラハンに送ってみることに。

カールはレネーが何に不満を抱き、不安になっているのか心中を理解できずにレネーの書斎のドアを叩きました。レネーはそれを見透かしたように白紙に数式と記号を書きます。

彼女はその紙をカールに渡した。カールは理解不能という顔つきで彼女を見つめた。「いちばん上を見て」彼はそうした。「こんどはいちばん下」カールは眉をひそめた。「よくわからない」

「わたしの発見した形式的体系では、いかなる数もそれ以外の任意の数に等しいという答えが出るのよ。そのページは、1と2が等しいという証明。どんな数でもいいから、ふたつ選んでみて。そのふたつもやはり等しいことを証明してみせるから」

カールは「1と2が等しい」と主張するレネーに矛盾していると指摘しますが、彼女はもちろんそれを理解しています。彼女は公認されている体系の中に間違いがあると言っていて、その間違いの法則に従って構築されているのだから間違いはないというのです。

つまり、彼女の頭の中でパラダイムシフトが発生していて、この証明を完全に否定してくれる人物を探しているのです。

しかし、キャラハンも役に立たず、レネーは『自分が正気を失いかけているのではないか?』と不安を抱きました。

 

そんなレネーを見たカールは二ヶ月前のできごとを思い出していました。昨年の夏にスコットランドを旅行した時に、彼女が買おうと思ったけど買わずにいたセーターを注文して、彼女の誕生日の前夜にこっそりドレッサーに忍ばせておいたのです。(サプライズやで)その結果、レネーは両手でセーターを広げたまま階段を駆け下りて大喜び。(まんまと…)

カールはこの成功体験を胸に「気分転換に週末にホテルのスイートルームでゆっくりしないか?」とレネーを誘いましたが修羅場を迎えます。

レネーはほとんど軽蔑に近い口調で一蹴した。「これは証拠とはなんの関係もない。すべてが先験的(アプリオリ)なのよ」

「どこに違いがある? とすれば、きみの推論の証拠だけじゃないのか?」

「驚いた、ふざけてるの? それは1と2が等価値であるというわたしの計測と、わたしの直感的把握とのちがいなのよ。わたしはもう頭の中にはっきりした量の概念を持てなくなった。どれもがおなじようにかんじられる」

このままカールは部屋を出て、ホテルの予約をキャンセルしました。

でも面白いのは、カールはレネーに対する愛が失せてきているのと同じようにレネーも全てが同じように感じるという点でリンクしてるんですよ。個人的にはこれが最後に繋がる感じが大きいと思っていて。

それからのふたりはほとんど口をきかず、ぜひとも必要なときしか言葉を交わさなかった。それから三日後に、カールは必要なスライド写真の箱を忘れてきたのに気がつき、車で家までとりにもどった。そして、テーブルの上に彼女の遺書を見つけたのだ。

カールは急いで彼女の部屋に向かうのですが、その最中に昔の自分が飛び降りて死のうとしているのを友人がドアを叩いて止めてくれたことをフラッシュバックします。

いまベッドルームのドアの外に立った彼は、レネーがすすり泣きながら、床の上で恥ずかしさに凍りついている気配を聞きとることができた。ドアの反対側にいるのが自分であったあのときと、ちょうどおなじように。

この倒置法かっけーんすよ。

回想してる感じが出ていると同時に『感情移入』をしている描写というのも印象的。(ここで虎舞竜のロードが脳内再生した方はとてもダサい)

そんな貴方にはスティービーワンダーのマイシェリーアモールを聴いてほしい。

Stevie Wonder - My Cherie Amour (1969) - YouTube

先に行くってばよ!

 

カールは一般的にレネーが変わってしまったのだから離婚したとしても自分に罪はないだろうと考えます。

しかし、苦しみの中にいる人間をそのままにすることができません。そう、いつかの自分と彼女とを重ねて。(さっそくマネするからね)

そしてカールがキッチンでサヤエンドウのすじをとっているときに終わりの始まりが訪れました。(クッキングパパ感出てるお笑)

「これまでに想像したどんなことにも似ていなかった。もしこれがよくある種類の鬱病だったら、あなたもきっと理解してくれたと思うし、わたしたちふたりでそれを克服できたと思う」

カールはうなずいた。

「でも、実際に起きたことは、まるでわたしが神学者なのに、神が実在しないことを証明したのに近かった。たんなる不安を口にしたのじゃなく、それが事実だと知ったってこと。ばかばかしく聞こえるかしら」

「いや」

「その感覚はとてもあなたに伝えられないわ。わたしが心から無条件に信じていたなにかが真実でないとわかり、しかもそれを論証したのは、ほかならぬこのわたしだった」

カールは口をあけ、こういおうとした。きみのいう意味はよくわかる、自分もそれとおなじことを感じている。だが、彼は自分を押しとどめたーーなぜなら、その感情移入こそがふたりを結びつけずに、逆に引き裂いているからであり、彼女にそれを打ち明けることはできないからだ。

レネーは自分が考えた証明が事実であったとしたら、幼少期のときめきも、学術論文の名声も全て否定することになるんですよ。だから、論理的に間違っていると否定して欲しいのに、それをできる人間がいなくて、その否定は「お前頭おかしいんじゃないか?」っていう病的な指摘にいってしまうんです。

そして、それを告白されたカールもようやく他人に感情移入ができる人間になれたのに、それをすればするほど自分が辛くなって、愛が失せていくばかりか、レネーに対する防御装置になっているんです。

ここで命題の証明が完成するんです。

レネーもカールもこの世界で自分にしかできないことをやると、自分の存在が消えることを手に入れるんです。

この文章構造は綺麗ですよ。ほんと。

「無くなることを手に入れる」ことで、「平等になる」というのは震災や天災で被災した時に一瞬だけ、金持ちだろうと貧民だろうと同じ気持ちになるのもそうだと思うんですけど、結果的にまた戻るじゃないですか。

レネーはそれで監禁病棟に入ったわけです。答えが見つからないというよりかは、経験則が役に立たないし、生きることが間違いとすると死ぬしかないじゃないですか。その心境をどうにか理解しようと努めるのはこの世界にカールおじさんしかいなくて、でも自分も傷ついてしまうし販売中止になったわけです。(ボケるって言ったじゃんか)

だから「あのまま死なせてあげたほうが幸せだったんじゃないか」という罪悪感を持っているんじゃないかとさえ読めてしまう所が切ないんです。

数式にストーリー性を持たせて、こういう構造になってますよという作りで、なおかつキャラが自己憐憫に走らないので読みやすくもある。これは個人的には98点ぐらいの完成度だと思います。

二人だけの世界のセカイ系とか、読者置き去りで「ふむふむ、わからん」な展開になってしまうと、それこそ感情移入できないし、オチもイマイチでどうしたらいいか分からなくなるじゃないですか。

それを考えるとこの作品は伏線も回収しているし、証明する内容だし、タイトルに対して内容が名前負けしてないというか、98点なんですよ。

先ほどの『理解』も完全を追い求めて消失する点で共通しているのも面白い。

ただ、数学を専門とする人が読んだ時にどう感じるかが作者にとっての挑戦状だと思うので、ガリ勉代表の方にぜひ読んでもらいたい。

 

あなたの人生の物語/訳 公手成幸

感想が長すぎることに気づいたので、表題作であるにも関わらずサクサク書いていこうと思います。「くだらないダジャレを書いたのは誰じゃ?」とか 平安貴族っぽい駄文を書くからいけないんですよ。ʕ⁎̯͡⁎ʔ༄

 

この物語はルイーズ・バンクスの現在と過去とを行ったり来たりする構造で書かれています。

現在のルイーズはウェーバー大佐からエイリアンの言語を解読しろと言われ、合衆国に9個、世界に112個あるエイリアン装置(姿見 ルッキンググラス)を使ってエイリアンとコンタクトを試みます。

エイリアンの特徴はキリンジを歌うのんとは違って(ボケちゃった)、タルに7本の肢があり、四本を脚として、三本を手として使い、目が7つあります。

 

私のイメージだとキングダムハーツの敵キャラですね。

このエイリアンが何を考えているのかを探っていくのが主なストーリー。

そして過去のルイーズのストーリーは、一人の母親が一人娘を産み育てる最中に離婚して、どうにか大学生にまで育てあげたのに、25歳の若さで娘は死亡したという今に影響を与え続けるトラウマです。

 

この二つに対応しているのがエイリアンが使用する交通標識に似た「意味図示文字」

丸と丸の間にある線を変化させることで意味を変えるという二元的文法が使用されていると解析されました。

○-○

エイリアンに地球にやってきた目的を尋ねると「見るため、観察するため」としか答えず、能動的に人類に対して質問をすることもありません。

そんな中、ルイーズと同じチームになったゲーリー・ドネリー博士がエイリアン達がフェルマーの原理を理解していることを示唆します。

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エイリアンは質問に答えないわけではないので、ルイーズは彼らがどのような順番で文字を書くのかを観察しながら質問を続けます。

『ヘプタポッドの惑星には二個の月があり、片方はもう一つより著しく大きく、窒素とアルゴンと酸素が三大要素であり、惑星表面の28分の15は水で覆われている』ということが分かりますが、『この設定』はストーリー上で出てくることはもうありません。(ボケじゃないからね)

 

それでフェルマーの原理とルイーズのトラウマとがオーバーラップしていくんですよ。

その問いが『光が最速の経路をたどるのはなぜなのか?』というもの。

「光線は動き始める前から最終的に到達地点を知っていなければならない」

人類には分からないことをエイリアンは理解していることになります。(理解を必要とせず性質を持っている)

それで、ルイーズは文字を解読してコミュニケーションを取れるレベルにまで使いこなせるようになるんです。

そのせいで頭の中で考える言語もコレになって、気がついたら瞑想状態に入っていることが多々…(この時に過去のストーリーをフラッシュバックしたり)

 

その後、国務省のホスナーがエイリアンが何に対して価値を認めたのか報告しろと言ってくるけど、エイリアンは交渉しないんです。

ゲーリーが言うには物理法則のほとんどは変分原理として記述できて、最小化と最大化の目的があるというわけですよ。

 

さぁ、物語も終盤に差し掛かった250ページ。

『確信に基づいて未来を知ることは可能なのか?』

「自由意志がある限り未来予測は不可能」

そして、ルイーズはゲーリーの家に泊まってセックス!セックス!

ゲーリーもルイーズをベットに引きづりこみたいだけのゲースーだと自供しますが、二人の間に愛が芽生えるわけです。(吊り橋効果のテンプレかよ)

 

物語はいよいよクライマックス。

エイリアンは交渉をしないとか言ってたけど、実は嘘で彼らの目的は『自分達に何を与えるか分からない存在に対して何を与えるか』という『贈答』で今までに7回も交渉してるというんです。2度に渡って宇宙生物学の講義を受けたと書いてあるけど、残りの5回は分からないですけど…

で、結局最後の交換でラスコー洞穴の壁画の一つを提示した代わりに人類が貰ったものは新種の超電導素材なんですけど、これが日本の研究成果の複写でルッキンググラスも石英ガラスの板と判明します。

エイリアンのパートだけを見ると「狐に化かされた話」で終わりなんですけど、「あなたの人生の物語」は子どもを失った母親が再び子どもを授かるまでの葛藤を数学的に解釈して、無償の愛を証明する物語なんですよ。

 

母親は子どもの幸せを願う=最速の経路

幼児期の反抗的な娘=自由意志

つまり、親が子どもの幸せを願っても、子どもは自由に選択するので、子どもが将来何になるかなんて分からない。

そのうえ、25歳の若さでルイーズの娘は死んでしまうわけです。

小さい我が子に何回も本を読んであげるシーンだとか、理性的な子どもに育って欲しいと思っていたはずなのに疲れているから説明を放棄して早く寝かせようとしたり、宿題を手伝ってあげられなかったことが『もし、あの子が25歳の若さで死んでしまうと知っていたなら、もっと大切にしてあげればよかった』というトラウマとして離れないんですよ。

この作品の見事なところは、作者が男性であるにも関わらずシングルマザーの目線で育児を完璧に書ききっているところだと個人的に思います。

妊婦の時は大きく感じたのに目の前に現れた時にはとても小さいとか、おむつとベビーパウダーの匂いとか、感覚に訴えかけてくる部分がとても強くて素晴らしいんですよ。

これはつまり、読者の経験値が多ければ多いほど作品に反映されることを見越して書いているわけです。

作者からしてみれば読者というエイリアンに対する「贈答」が小説にあたり、この逆もまた然りなんです。

めちゃくちゃよくできてるんですよ!

なのに…

ヘリコプター1機も飛んでねぇなっ!(漫才コンビ カミナリのツッコミで脳内再生してくれ)

 

とてもいい文章なのにパッケージ詐欺が濃厚になってきた感が…。笑 

 

七十二文字/訳 島田洋一

 この物語もなかなか読み応えのある作品でした。だんだん作者の思考が分かってきたので、難解な文章も脳内変換して解釈しました。

 

まず主人公と世界観について。

主人公の『ロバート・ストラットン』はチェルトナム学校の第四学年として毎日を送っています。彼が他の生徒と違うのは、粘土の人形に『名辞』を与えて前に歩かせることができること。

この『名辞』というのはヘブル語(ヘブライ語)で6文字ずつ12列で書かれた文字なのですが、物語の全体を通して明確には記載されていません。冒頭の自然哲学の授業で述べられいることを書き出してみます。

  • あらゆるものが神の反映であるように、あらゆる名辞は聖なる名辞の反映である
  • 真の名辞の働きとは、その名辞をつけられたものに聖なる名辞を反映した名辞です

とても分かりにくいんですけど、「DNA」「プログラミング」という意味と「存在の理由」が包括されていると私は解釈します。

言葉が魔法のように機能するファンタジーの世界観で、スチームパンクも入ってくるので個人的には『鋼の錬金術師』っぽく感じます。

ストーリーに戻りますが、主人公のロバートは科学に興味を持っているライオネルと親友になり、ライオネルの家に行くと『ホムンクルス』がいるのです。

ホムンクルス』は小さな泡を構成する、受精する前の精子から作られた胎児で人間として生まれる前の存在です。後にこのホムンクルスという存在がストーリーの重要な鍵になってきます。

学校を卒業してからストラットンはロンドンに居を構え、英国におけるオートマトン(名辞を与えられた人形=ロボットみたいなもん)製造の有力企業『コード・マニュファクトリー社』の命名師(プログラマーみたいなもん)となります。

ストラットンはオートマトンに人間の手の複雑な動きを覚えさせ、金属鋳造が可能なオートマトンを誕生させることに成功します。

ストラットンは織物工場の児童労働問題を解決したいという夢があり、安価でオートマトンを製造できれば子ども達は労働から解放されると考えます。

そこで第一級鋳造職人の『ハロルド・ウィロビー』のもとを訪れ助けを求める事に…

だがしかし!

「ウィロビーは激怒した」太宰治サンプリング

オートマトンが鋳造職人の職を奪うことと、オートマトンオートマトンを作ることは災厄を招くと主張し、組合の理事長を通じて誰もストラットンの仕事に手を貸すなと呼びかけます。

途方に暮れて、路地裏でトランペットを欲しがる少年みたいになるストラットン…(そんなシーンねぇよ)

そんなストラットンに『デイヴィーズ』という男が話しかけます。彼は『フィールドハースト卿』に仕える男で「魔法少女になってよ!」と言うのです。(言ってない)

ストラットンがプロジェクトの話を聞きにフィールドハースト卿の家に行くと、そこにはトリニティ・カレッジ時代の恩師であり、異端の研究を理由に学校を去った『ニコラス・アシュボーン』がいます。

ヤバそうな匂いを感じながら地下へと案内されると、そこにはタンク中に見たことのない大胎児がコポコポゥ(ちゃんmariじゃないんだから!っていうツッコミをして欲しい)

この大胎児は何年か前にパリの自然科学者である『デュビュイソン』と『ジル』が考案した、精子の状態の胎児を一気に成長させる技術だとアシュボーンとハースト卿は説明します。

つまり、実験の目的はこの技術を使って、未来の人類の姿を見ることでした。

その結果、人類はあと五世代で絶滅することが判明します!

 

プロジェクトの流れ

  1. 絶滅は自然死とも言える。
  2. それでも新しい生物が繁殖している。
  3. 天変地異は巨大エネルギーが放出されることで自然発生の引き金と考えられる。
  4. 「人間の絶滅を防ぐにはどうすればいいか?」
  5. 受精していない卵子に名辞を与えて生命原理を誘発すればいいのではないか?
  6. そのためにはオスとメスの2つの名辞が必要となる
  7. カエルを使った実験は成功。単為生殖と名付ける
  8. 人間の真辞を見つけ、命名学の力で繁殖させるってばよ!

 

ストラットンはフィールドハースト卿の下で働くことにしました。

ホルコム、ミルバーン、パーカーという同僚の名前が出てきますがただのモブなので割愛。

 

人類は何世紀も前から小名辞(小名辞→名辞→真辞)の研究を何世紀も行なっていて、セックス産業で用いられるオートマトンから「女性=子どもに生命を与える」と「男性=基本的な形態を与える」の小名辞の研究が行われています。

結果的に「女性」と「名辞」があれば繁殖が可能であると分かったわけですが、アシュボーンは単純労働を行うオートマトンは無秩序を作り出しているだけだと主張します。それを補うのがストラットンが作った複雑な動きを可能としたオートマトン

ストラットンの技術を必要としている人物がもう1人現れます。

彼の名前は『ベンジャミン・ロス』といって、カバラ主義者でありながら自身もゴーレムに「自分自身を動かしている名辞を書かせる」ことができて、ストラットンの技術があれば人々を幸せにできると玄関のドアを叩いたのでした。

しかし、無料で技術提供してしまえば安価でオートマトンを作る夢は叶いません。ストラットンは拒否します。

「商業性を考慮して、魂の覚醒が犠牲にされているとしか思えません」

そう言い遺してベンジャミン・ロスは去りました。

その後も研究を続けていくとフィールドハースト卿が下民層の繁殖をコントロールしたいと考えていると話しました。(いわゆる優生思想ですね)

ストラットンとアシュボーンの2人は人口管理策が行われるまでに『二世代の胎児』を作り、その名辞をばらまくことで一時的な解決を図ろうと考えますが、自由な議会の存在なしに永続的な解決はできないという結論に至ります。

 

ワーカホリックなストラットンが家に帰ると、自分の部屋の明かりが点いて、不思議に思いながらドアを開けるとデスクの前に拷問死した『ベンジャミン・ロス』の遺体が転がっているのです。

本棚の中と引き出しの中は空っぽで、自慢のオートマトンは粉々に…。

ショックを受けているストラットンの存在に気づいた殺し屋が「ちょうどよかった…」とニヤリと一言。

このあと軽くアクション映画の展開になりますが、ストラットンは捕まって左手の小指を折られます。(さぁ、拷問の始まりだ!)

そこへ『デイヴィーズ』(存在が薄くて忘れたよね)が現れストラットンを救助、王立協会が後処理をします。

ストラットンは自分のせいで無関係のロスが死んだと後悔します。手の治療を行ったあと、散らばった書類の整理をしていると殺されたロスのノートを発見。

ロスの名辞は、オートマトンが自己を複製することを可能とするもので、これがあれば生殖能力を失う人類に繁栄をもたらすことができると気づき、ストラットンは研究に没頭するのでした。

おしまい!

感想をまとめると、この話は正義の心を持った異端の必要性を説いていて、それ無しに発展はありえないという考え方が土台にあると思います。

女性の細胞だけで受精が可能というのは、現代医学を用いた考え方であって、男性は子どもに対して後天的な影響を与える存在なので体外受精であったとしても差異はないということでしょう。

結局、人類の幸福は自由意志をもった個人が繁殖できることであるというのは間違いなく、議会の必要性を説いてるあたりは昔だろうと未来だろうと、根本的に大切なことは変わらないんだなと思いました。

それにしても鋼の錬金術師との共通点が多い気がするのは気のせいでしょうか?

  1. 小さい頃から天才肌の主人公
  2. 異端のホムンクルス
  3. プロジェクトに協力するがそれは人類支配に繋がっている
  4. ロスという人物が死ぬ
  5. 異教徒と力を合わせて真理にたどり着く

 

私「まっ、まさかっ⁉︎」 

殺し屋「ちょうどよかった…」

 

人類科学(ヒューマン・サイエンス)の進化/訳 古沢嘉通

この話は読むのに疲れた読者にとってはセーブポイントみたいな内容で、わずか5ページの親切設計。(ヘリコプター出てこない)

われわれは超人類科学の成果におじけづく必要はない。超人類を可能にしたテクノロジーの数々は、もともと人類の発明したものであり、彼らの知性はわれわれと同程度であることをつねに認識しておくべきなのである。

要約すると人類の理解力を凌駕した超人類が出現して、超人類科学が発達した時に人類は独創的な研究をやめて解釈学(池上彰ですね)にシフトするかもしれない。しかし、超人類科学を構成しているのは人類の発明であるからおじけづく必要はないという『意見文』ですね。

これは現在の人工知能統計学と画像認識で構成された計算機であって、人工知能ブラックボックスが予測変換したことを人類が怖がる心配はないと私には聞こえます。(最近、大西ライオンって見ませんね)

まぁでも、人類がインプットしてないことをインプットし出したらその時は恐怖するでしょうね。

 

地獄とは神の不在なり/訳 古沢嘉通

神話→超人→数学→未知との遭遇→細胞

ときましたが、この話のキーワードは「システムを疑う」です。

この話の世界は不定期に天使が地上に降臨(パターン青!使徒です!的な)し、不治の病に侵された人間を救いもするし、降臨に巻き込まれた何の罪もない人間が命を落とす世界です。

冒頭に「ニール・フィクスという男が妻セイラを失って神を愛するまでの物語」と書かれていて、あらすじとしてはその一言に尽きます。

ニールは生れながらに左大腿部が先天的に外に向いていて、子どもの頃は天罰と考えていました。その後、人生とは人為的な要因により左右されるもの(ここ重要)だから、神という存在はニールにとって抽象的なものでした。

妻セイラは足に障害を持ったニールに対してフェアに接してくれる女性であり

、自身が信心深い人間でありながらもニールに対して、神の存在を信じろと強要することもありませんでした。

天使ナタナエルが降臨したのはニールがセイラが店で食事をしている時でした。割れた窓ガラスが突き刺さり、セイラは出血死しました。彼女を含めて8人が天使の出現により死亡し、3人の魂は天国へ、残り5人の魂は地獄へと送られました。

寛容な精神を持ち、信心深いセイラが地獄へ送られたことでニールは「神を信じなさい」と言う人間がいると、首を締めたくなるのでした。

地獄とは神と永遠に縁がなくなる場所であり、人間界を感知することもできません。しかし「顕現」といって、大地が透明になり地獄の生活が見える現象でニールが目にした地獄は人間界の自分の生活よりも良い暮らしに見えたのです。

セイラはもう居ないのですから。

 

ニールが神を愛するまでに、ジャニスとイーサンという2人の人間に会います。

ジャニスはニールと同じように足が不自由で、天使バルティエの降臨により母の胎内にいた彼女の両足を奪ったのが理由です。

ニールとの違いは「これは罰ではなく天の賜。娘は特別な使命を与えられた」と育てられ、ジャニスは可愛いうえに自信に溢れ、カリスマ性があったので周囲の子ども達は彼女が車椅子に乗っていることを何とも思わないのでした。その後、ジャニスは信奉者の前で講演をしたり本を書いて生計を立てながら、NPOを設立します。

彼女の人生に転機が訪れたのは大天使ラジエルが降臨した時でした。天使だと気付いた直後に気を失い、気付いたときには両足が復元していたのです。

これ以降、彼女は「なぜ他の癌患者が救われず自分が救われたのか?」という「やましさ」に悩みます。

「自分は報われた」という解釈は、天使による後遺症に悩む人々を傷つけるのでジャニスはしませんでした。そこで、足を失った時と同じように克服しなければならない障害なのだと理解します。

足を得た彼女は、個々の試練の難しさは主観的なものであり、他者と比べるべきではないと講演を行いました。

しかしその会場には「他の誰もが素晴らしい贈り物だと考えるものを受け取っておきながら不平を言ってる」としか感じられない男がいました。

君の名は。ニール・フィクス!

 

運命を左右する二人目の人間であるイーサン・ミードルは敬虔な両親に育てられ「自分は神に特別な役目を用意されている」という思想を持ちながら、平凡な人生を歩みます。(図書館員でクレアという妻がいて二人の子どもがいる)

そんな平凡な男の前にラジエルが降臨。

しかし、何のドラマも変化もなく、神のメッセージが分かりません。

ラジエルを目撃した生存者のリストを手に入れ、自分と同じような人間を探すために神のメッセージを解釈した人間はリストから消していきました。

たった一人、残ったその名は…ジャニス・ライリー

ここからようやく三人の運命が交錯していきます。

392ページからはニールのパートで自殺について書かれています。

それはとある夫婦の物語で、天使マカティエルの降臨により夫が胃がんになり絶命し、そのうえ地獄に落とされたため、遺された妻は夫に会うために自殺しました。

ニールにとって、誘拐犯が妻の身代金代わりに愛を要求しているようなものだった。どうにか服従することは可能かもしれないが、本物の、心からの愛情だと? それはとうてい払えぬ身代金だった。

〈中略〉

ニールが唯一思いつく、自分が神に感謝するようになる機会は、自分の目のまえにセイラが姿を現わすのを神が認めることだった。

ニールの中で生と死が揺れ動く感じがたまらないのは、妻に対する愛情が自我を保っていることなんです。神はセイラを奪いながら自分を愛せと言うわけですから、ニールは復讐心にも似たものを抱えています。つまり、ニールにとっての死は自殺であろうとなかろうと地獄が濃厚なわけです。

この後、ニールは「なぜ妻は死ななければならなかったのか?」という答えを求めて、降臨を目撃した「ベニー・バスケス」という男とセイラの実家を訪れます。

バスケスの言うことは曖昧でイライラし、セイラの両親からは「娘が死んだのは、信心深くないお前に対するメッセージ。お前のせいで娘は死んだんだ!」と言われ、ニールの精神状態はどん底へと落とされます。

 

一方で、ジャニスに近づいたイーサンは神の降臨について考えます。

ジャニスはその中で決意を固めます。

  1. 生まれる前の欠損は自分の罪ではない
  2. 最大限の感謝と謙遜の心をもって両足の返却をしたい
  3. 自分の奇跡が返され本当に必要としている人に与えられることを願う

そうだ!巡礼地へ行こう!と。

イーサンの妻は夫が不倫するのではないかと疑い反対しましたが、イーサンはジャニスの行動についていきます。

 

先ほどは「とある夫婦の物語」が紹介されましたが、ここで「とある連続強姦殺人犯の物語」が紹介されます。

彼は死体を捨てている最中に天使降臨を目撃し、天国の光を目にしました。そして、処刑された際に彼の魂は天国へ登っていきました。(被害者家族の怒り&理不尽)

ニールはこの事から天国の光を見れば、天国行きが確定するのではないか?と考えます。自分をむりやり変えてしまう違和感がありましたが、セイラとの再会のために聖地へ向かう覚悟を決めます。

ふと手にした新聞にジャニス・ライリーが巡礼に出る準備をしていると書いてありニールは怒ります。まだ欲しがるのかと。

 

全ての財産を売り払い手に入れたピックアップトラックで巡礼地の周辺を走っていると、車がエンストして困っている男がいたので助けてあげました。

その男の名はイーサン!(バイオハザード…脳内再生)

バイオハザード7 イーサンマストダイ 7:48 - YouTube

イーサンは「お礼に食事をごちそうするよ!ヒャッハー!」と言って(言ってない)宿泊施設にニールを招きます。

そこへジャニスが帰ってきて、すったもんだありつつ、ジャニスとイーサンの二人は降臨を目撃しようとするニールに対して「自殺するようなものだ」と説得しましたが、ニールは礼を言って立ち去りました。

それから数週間、毎日降臨を待ちました。そこへ天使バラキエルの情報が入り車を走らせます。

その結果、ニールはバラキエルの雷光に一度は包まれるのですが、トラックは岩にぶつかり大破。ニールは両足を骨折し、自分から流れ出る血を見て失血死が近いのを悟ります。稲光が遠ざかるのを見ながら、一か八かのギャンブルに命を投げうったことを泣きながらセイラに詫びました。

そこへジャニスとイーサンが救助に駆けつけます。

…がしかし! 閃光が走り、ジャニスは足を刈り取られます。

イーサンは目の機能を取り去られた彼女の顔を見たとき、天国の光を見たのだと悟ります。

瀕死のニールはその光景に「神はジャニスに奇跡を無駄遣いした」と思いました。

その瞬間、天国の光はニールの目も奪い、瞬時にニールは全ての現象は神を愛するために存在するのだと理解してしまうのでした。

その数分後、神はニールを地獄へ落とし、イーサンだけが一部始終を見ていたのでした。

 

伝道を再開したジャニスは、神の創造のたえがたいほどの美しさについて語るようになり、精神的指導者を失ったと感じた信奉者は姿を消しました。それでも彼女には確信があり、聴衆の現象を少しも気にしませんでした。

イーサンもまた伝道を開始します。彼の言うことはシンプルで、神を愛するならば公正でないこと、優しくないこと、慈悲深くないことを理解することが真の信仰に不可欠だと説くのでした。

地獄に落とされたニールは身体が復元されたものの、神のいない世界で目を開けることを躊躇します。これは生きていたときよりも激しい苦悩であり、それでも唯一できることは神を愛することだけでした。

そしてニールは理解するのです。

神に見放され、地獄の中で神を愛することこそが真の信仰の姿なのだと。(おわり)

 

これはかなり考えさせられる内容でした。

「神」という理不尽を目の前に、障害を負って生まれることに何かしらの意味を見出そうとするわけですが、理不尽を別の言葉で言うと「規則性のない祝福と害悪」です。これは先ほどの「あなたの人生の物語」におけるフェルマー「変分原理」と同じギミックで、「神」という存在は人間の理解を超えているということです。

そのうえで「神」は圧倒的な「武力」であり、傷を負った者は存在を認めざるを得ない。それは「災害」でもあり、「死刑制度」の側面もある。

とくに妻セイラを殺されたニールが神を許すかどうかという点は、仏教にも通じているので深いと感じます。

  1. 無神論者が損害を被った時に、その犯人が神だったら認めるか?
  2. 認めるならば赦さなければ救われない
  3. 神を信じたとしても地獄行きの可能性がある
  4. 神を信じれば地獄が無くなる

神がいるかどうかって大きな話をしてますが、全ては個人の頭の中で行われる解釈なんですよね。だからイーサンがポジティブシンキング対するアンチテーゼとして、神の残酷さを知らなければ真の信仰とは言えないと牽制している。その結果、神と繋がったジャニスは孤独ではないし、ニールから地獄が消える。

個人的に一番残酷なのは、ニールから信仰の対象である妻が消えたことです。

大切な存在を亡くしても過去にとらわれるなということなのでしょうが、ニールは目を焼かれて強制的に思想を改ざんされてますから、それは「理解」よりも「悟り」で論理の飛躍があってこその境地じゃないですか。

コレって例えば、『悪政を行う夫との交換条件で、ゴディバ夫人が裸で街を一周すると知った民衆は窓を閉めたが、夫人の裸を見たくて仕方ないトムはそれをガン見して目が見えなくなった。(a.k.a.ピーピングトム)』とは違いますよね。

因果応報ですらない変分原理の中で、唯一信じられるものがあるとすれば自分だけではないかと思います。

そのシステムを疑うということ、つまり自問自答し続けることが大切ですね。

 

顔の美醜についてーードキュメンタリー/訳 浅倉久志

感想が長くなりすぎて(ここまでで1万8千文字オーバー)、ブログの文字認識スピードがいっこく堂みたいになってしまっているので、最後の作品でありながら一番あっさりとした感想でお届けしたい。

この話は偏見と差別を無くすために開発された「カリー」という幻視プログラムが搭載された装置(プレステVRみたいなやつ)を巡る物語で、これさえあれば誰もが美容整形を受けたような顔立ちに見えるのです。タイトルにドキュメンタリーと書かれている通り、登場人物がカメラの前で話すような構成になっています。

「個性」と「偏見」を無くすために「支配」されるかどうか? が見どころなんですけどね、途中で投票のシーンがあってそれがまるで昨年の大統領選みたいで「おっ、時事ネタ放り込んできたな」って思ったんです。でも、この作品が出版されたのは2003年なんですよ。

「チャン!見事な未来な読み!」

だから「利益団体」にスポンサードされた人間が「印象操作」を使っている点は普遍的な腐敗のシステムで(一瞬、ジョーオーウェルの話出てくるシーンあるよ)今と変わらない問題なのでしょう。

目を奪われながらも真実の愛を探すという点では、ダイアログ・イン・ザ・ダークってまさにこれだよなぁ…なんて思ったり。

ダイアログ・イン・ザ・ダーク

 

おわりに

ようやく読み終わった感。

そうだな…2週間ぐらいかかったでしょうか。

各ストーリーごとにボリュームがあるので時間がかかりますが、それぞれの数式には共通項があるんですよ。普遍的な存在や不明確な概念に対して、これだけ幅広くアプローチできる作家はあまり多くないと思います。

異なる人生を歩む人間が交差する物語って、感情の振れ幅で群像劇を作っていくと私は思うんです。でも、この作品はドライなんです。なぜかと言えば未知のモノと対峙しているからで。現状の生活に不満があるとか、未来に不安があるってレベルじゃなくて、土台を揺るがす恐怖があるんですよ。

うつ病になったことのある人なら分かると思うんですけど、「うつ状態」のヒステリックを通り越すと、世の中を虚無感に満ち満ちた世界に感じるんです。例えば、箸ですくいあげた米粒の一粒一粒や歩道を歩く群衆の一人一人がはっきり見えたり、ハンバーガーがあったら、小麦と牛の死体とピクルスとしなびたレタスとして認知するんです。(あくまでも個人の感想です)

この感覚が作品の随所にあって、1+1で世界を見てる感じに共感してしまいました。

それとこの小説をぜひ、哲学者の國分功一郎さんに読んでもらいたいですね。

確実に中動態の範囲ですから、その観点に詳しい方や興味のある方は読んで欲しいです。

「君の名は。」の感想 - モブトエキストラ 

あとは「君の名は。」の文章構成のルーツを見た気がしますね。

同じ時間軸で生きている異なる人間の話を書きわけるのって以外と難しいですよ。一方のルートに時間をかけすぎると、他のルートの印象が薄れてしまいますから。頼んだ料理が全て同時に出てくる感じじゃないと間延びします。

それと、私は登場人物が多いと名前が覚えられなくてツライんです。だから、この小説も正直めんどくさい部分は多々あったんですけど、『魚の太い骨はとっておきました』みたいな感じで『この物語は〇〇の物語』とか、主人公を明確にしてくれてるのはありがたかったです。(当たり前といえば当たり前だけどね)

 

最後は『褒めすぎると気持ち悪いからイチャモンをつけるコーナー』です。このブログを読んでくれる人が世界中にいるのかどうか知りませんが恒例のコーナーですね。

  1. ヘリコプター詐欺
  2. ユダヤとキリストの世界観が強すぎる
  3. 登場人物が多すぎる。モブはいらん
  4. 主要人物が高スペックで貧乏な私には共感できない

表紙のヘリコプター詐欺は確定ですね笑

エイリアンの時に山で娘が死んだり、軍関係の話が出てくるものの、明確にヘリコプターが出てくる描写があった気がしないんです。

ワクワクを返せ!

野沢雅子を!ゴロリを返せ!

カリオストロの城じゃあるまいしっ!

ボケが決まったので次ね。

 

ユダヤとキリストの世界観が強すぎるから、入り口で宗教的な価値観の違いを理由に本を閉じる人は多いかもしれません。

だから自然崇拝を意識して自然災害とか、人を赦すという点は仏教と重なると感想に書いたんですけどね。

まぁ、そこが気にならなければ「これエヴァンゲリオンっぽいから読んでみ!」みたいに勧めるのもいいかもしれません。じゃあ次。

 

やっぱり人が多いですね。

書かないことで見せることもできたと思うので、ホルコムとかミルバーンとかパーカーとかいらないです。(名辞を奪ってやる)

本筋がボヤけるから登場人物は絞ってほしい。

 

ラストはまぁ、漫画でもよくありますけど「落ちこぼれ設定」が「天才設定」にシフトして冷めるパターンあるじゃないですか?

この本の登場人物は頭がいいし、基本的にリッチだし、貧乏な私とは重ならない部分が多くて没入感はなかったです。

結果的にそれは良い作用だったとも言えますが…

ギフテッド - Wikipedia

ギフテッドの「選民思想」や「やましさ」に関わらず、基本的に他人を100%理解することは無理ですし、それを書いたのがまさに『理解』だし、作者と読者はエイリアン同士だし、「みんな違ってみんないい」と解釈しても最後の話みたいに何の特徴もない自分を少しでもよく見せようとして差別主義者があぐらをかく。あいつと俺は違うんだ!って。

見た目も中身も気にしない。永遠の孤独の先にしか真実の愛はないのです。

だから、感情移入しなくてもある程度、面白かったこの本を今年読んだ本の中でナンバー2にしたいと思います。

そんな感じで、サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ。

あなたの人生の物語 (ハヤカワ文庫SF)

あなたの人生の物語 (ハヤカワ文庫SF)