モブトエキストラ

左利きのメモ魔が綴る名もなき日常

「20の短編集/小説トリッパー編集部編」の感想

最強と裏切りと聞いて

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短編集が読みたくて物色していたところ、この一冊を発見しました。手にとって裏表紙を見るとそこには次のように書かれていました。

人気作家20人が「20」をテーマに短編を競作。恋愛、SF、ミステリーなど、エンターテイメントの魅力を凝縮した作品から、ジャンルに収まりきらない現代小説まで、書き手の持ち味を存分に味わいながらも、読み手のイメージが鮮やかに裏切られる、最強の文庫オリジナル。

「裏切り」に加えて「最強」でありながら、20人の作家に殺し合いをさせている(してない、してない)というではありませんか!とくに私は挑戦的な売り文句に弱くて、ついつい手を伸ばしてしまう事が多いのです。面白ければそれでいいし、つまらなければ誇大広告だった理由を感想に書けるので、良い結果と悪い結果、どちらにも転べるおむすびころりん案件なのです。
そして本著はそのおむすびが20個も入っていて、本体600円+税という価格。コンビニで買ったら1個130ころりん万円だとしたら、20個で2600ころりん万円もします。それを考えたらお得でしかありません。買う、一択です。

「清水課長の二重線/著 朝井リョウ

P15
無駄な紙資料を減らしましょう。そう書かれているこのポスターこそが、多くの社員にとっての「無駄な紙資料」であることを、もう十年以上も総務部にいる清水課長は全く気付いていないように見える。

ゲーム会社に入社し、デジタルコンテンツ事業部に配属された主人公 岡本は忙しい日々を送っていました。2年が過ぎた頃、ようやく自らが企画したプロジェクトに携われると思いきや総務部に回されてしまい、清水課長にしごかれながら整理作業月間に奮闘する。というお話です。
どこで読み手のイメージを鮮やかに裏切ってくれるのか、今か今かと待っているうちに読み終わってしまいました。つまりは総務部の日誌なのです。
逆転要素があるとすれば、主人公が総務部に回され、経理部の同期がバトルRPG開発のサブリーダーになった事と、不必要な仕事だと思っていた事が文書作成の基礎練習だったという事ぐらいでしょうか。

「AcrossTheBorder/著 阿部和重

P32
白球がまた円軌道を走り出す。回転盤には0から36までのポケットがあり、プレーヤーの両指に割り振られたもの以外の数字の位置にボールが落ちた場合は、気付けとして一杯のブランデーが振る舞われる。ふたりとも、これまでに何杯か飲んで痛みをまぎらわすことができたが、その分、流れ出る血はますます勢いを増してしまい、時間が経てば経つほど正気を保つのが難しくなるというジレンマがあった。

先ほどの総務部の日常とは打って変わって、この作品の舞台は爆弾の雨が降る紛争地帯。外国人駐在員が使っている邸宅を黒ずくめの男たちが占拠し、双子が拘束されています。彼らの指には番号が割り振られていて、ルーレットで奇数が出れば兄の、偶数が出れば弟の、それぞれ番号に該当する指が「爪を剥ぐ」「折る」「切断」のスリーストライク法で無くなっていきます。

総務部から打って変わりすぎるよ!笑

https://dic.pixiv.net/a/%25E3%2583%25AB%25E3%2583%25BC%25E3%2582%25AB%25E3%2582%25B9%25E3%2583%25BB%25E3%2583%2599%25E3%2582%25A4%25E3%2582%25AB%25E3%2583%25BC
バイオハザード7』のルーカスを彷彿とさせる闇のゲームです。そして、この黒ずくめの武装組織の目的がイマイチ分からないのも不気味。この邸宅に爆弾が着弾して、ディーラーと双子は死ぬのですが、他の人間によって20本の指が木箱に入れられ、一人の青年に渡されます。その後、青年は肉屋に指を持ち込んで売ろうとしますが肉屋の店主から、誰でも20本持っている指よりも、2つしかない腎臓のほうが高く売れると言われ、とある病院のベットに横たわったが最後、青年は埋め込み型爆弾の実験台とされ絶命します。
双子の指が入った指は転売を繰り返され、遠い国の工芸美術家(人骨細工が専門)の手に渡ります。
ここで気になるのが、20本あるはずの指が本数を減らし12本しか無いことです。具体的に言うと欠番は2.3.6.7.8.15.17.19の8本。果たしてどういう事なんだろう?と考えながら読み進めましたが私にはよく分かりませんでした。
芸術家は偶然見た報道番組で、武装勢力に拘束された息子を探す母親の映像を目にして、息子が指にはめているピンキーリングと同じ物が木箱の中の指にある事に気付きます。正義感が芽生えた芸術家はその母親の国の領事館に向かいますが、指輪は要らないし、説明しなくていいと追い返されてしまいます。どうにか母親に指輪を届けようとしましたが、違法なビジネスをしている事を理由に逮捕されてしまうのです。
場面展開があるのは面白いし、荒廃した国の中で行われる異常なゲームの生々しさについては引き込まれるものがありました。以前に読んだカニバリズムの本でも、実際に世界大戦が行われていた時代にはドイツの肉屋が人肉を処理していたという実例があるので、物語の中で指が肉屋に持ち込まれた事は「ですよね」と納得してしまいました。(異常の中にある行動パターンね)
ただ、そのゲームと一連の流れが一体何を表しているのか私には分からなくて。うーん。今のところ、私の理解力では「不幸の指輪物語」です。
最初は指輪を持った人間が次のプレイヤーなのかとも思いましたが、国境を越えて芸術家を連行するのは無理があるなぁと。でも、現実を見回すとサウジアラビアのジャーナリストがトルコのサウジ大使館で暗殺されて溶かされましたからね。現実は小説より奇なり。
サウジアラビア、カショギ氏の子供に多額の金銭提供 米紙報道 写真1枚 国際ニュース:AFPBB News

「if/著 伊坂幸太郎

P45
もし、あの時、ああしていればどうなったのか、と想像する。過去の情報と感情、記憶と思い出を参考に決断を行うのが人間であるから、誰であれ、「あの時、ああしてれば」と考えることはある。山本ももちろんそうだ。

ーーという書き出しから始まる物語。
困っている老婆の相手をしていればバスに間に合わない。人生の中で誰にでも一度や二度あるシチュエーションをフックに、乗り込んだバスで人質事件が発生しても、女性客を助ける事なく降車したのがAサイド。Bサイドでは、老婆に話しかけた後に乗り込んだバスの人質事件に介入、犯人に立ち向かっていくという流れになります。Bサイドは冒頭のフックから読者に山本のたられば(想像)だと思わせて、実は後悔を抱えながら20年生きた山本と、山本と同じように「なぜあの時助けなかったのか」という後悔を抱えながら生きた乗客たちが力を合わせる現実を描いています。
個人的に短編、ショートショートメビウスの輪のようにオチがスタートに繋がるような構成が魅力的に映る長さだと思うんです。その連続性が、自分ではどうしょうもない力によって支配されている理不尽さであったり、奇妙さを描く。その濃度の薄いオチがいわゆる「夢オチ」で、何度も繰り返せば気持ち悪くなる。
『if』の面白いところはその連続性を主人公が断ち切るところです。つまらない日常の連続を形作っているのは、打算的な思考や、事勿れ主義、勇気のなさだったりするわけで、女性客を助けずにバスを降りた事を20年間も後悔しながら生きた主人公と乗客達が力を合わせる部分は少し感動的でもあります。そしてこの作品のオチは、実は犯人もまた20年前にバスジャックを失敗した事を後悔していて、服役中にずっと「次こそ成功させてやる」と考えていたというオチです。
面白い!

「二十人目ルール/著 井上荒野

P67〜68
「今日、面白いことがあったよ。二十人目ルールというのに誘われたんだ」
それは自分の行く先々で「これと思った人」を二十人数えて、二十人目に声をかけ、バトンタッチする、というルールだ。青年が私に、そう説明した。

物語の途中から読んだとすれば、クリームシチューの匂いがたちこめる家で、父親と娘夫婦が食卓を囲んで団欒しているという分かりやすい「幸せ」に見えます。しかし、道すがら声をかけられた青年から「あなたが二十人目です」と言われた事が冒頭にあるので、ずっと不穏な空気が漂っているんです。
主人公は仙台の家を売却予定の老人で、一人暮らしを心配した娘夫婦の家に居候しています。
冒頭で主人公が出会った青年は23歳で、20歳の時に「二十人目ルール」で40歳のおばさんに声をかけられ、それから3年かけて20人を選んで主人公に声をかけたと言うのです。それを娘の夫は相槌を打ちながら聞き、こう尋ねます。

P73
「あれ? さっき二階の店だって言いましたよね、お義父さん」
〈中略〉
「そう。駅前の百貨店の、二階の隅っこの小さな喫茶店だよ。つまらん店だがね」
「しかしあそこは少し前に潰れて、今は百均になってるんじゃないですか?」

老人が見た幻の話を、娘と孫は毎日のように聞かされていたけど、どうやって返せばいいのか分からずにいたのです。そこに娘の夫が珍しく同席して「あの店潰れてませんでしたっけ?」と返し、老人は自分がボケ始めている事に気付く。それでも、肩身が狭い思いをしている老人は、褒めたら毎日のように出てくるようになったクリームシチューが嫌いだと言えずに、生ぬるい鶏肉を食べるしかないという…。
現代社会にあってもおかしくない『浦島太郎』みたいな感じもします。というのも、読み返してみると、クリームシチューの匂いがした後に青年の事を考えてるんですよ。つまり認知症としても読めるし、妻を失くした孤独な老人が現実逃避の装置として、脳内に自分を肯定してくれる青年を作り出したとも読めるんですよね。なかなか面白い不思議な話でした。

「蒸篭を買った日/著 江國香織

P79
「だいたい、蒸篭を一つしか買わないっていうのがそもそもナンセンスですよ」
"ママ"が続けます。
「少なくとも二段はないとね。火の通りにくいものを下に、通りやすいものを上に、ほんとうは三段あると、同時におこわやちまきもできて、便利なんだけどね」
なるほど、と、ついまた感心してしまいました。
「また感心してるわよ」
"ママ"がずばりと言います。

蒸篭を買って電車に乗った主人公と、心を読んでくる不思議な人々の物語です。
読んでいる途中で「この人達はすでに死んでいるのではないか?」と思ったらその通りの結末だったので、私からすると裏切りはありませんでした。ラストについても、奇妙な体験をした事に主人公が納得して終わるというものなので、とくに引き込まれる部分はありませんでした。
ただ、読んでるうちにこの結末と似た話を昔ふかわりょうさんがエッセイに書いていたのを思い出しました。原チャリに乗ってた頃に赤信号で停車したら、信号も暗くなって自分以外誰もいなくなったみたいな話でふ。空間に放り出された、或いは取り残された瞬間の変な感じってありますよね。映画の『ホームアローン』で主人公のケビンが一人ぼっちになって、「ケブゥィィィィン」ってストーブが名前呼ぶような。

「十二面体関係/著 円城塔

P95
飛多麻人はその生涯において三人の人物、吉野昭夫[02]、海上登[03]、浮穴幸子[04]に殺されたことで名を残しており、彼について知られている事柄は主にその調書からなる。
〈中略〉
逮捕された三人はそれぞれ自分の犯行であることを認めているが、互いの関与は否定しており、殺害を実行した時刻についても食い違っている。状況証拠は概ね、誰の犯行でもありうることを示しており、鑑識も定見に達することなく、法医学的な決着も見られなかった。

この作品を目にしてまず思ったのが「変わってるな」という事。警察の調書というか捜査資料のような書き方で、登場人物に数字が振られ、その人物のプロフィールや交友関係が綴られています。
「誰が飛田を殺したのか?」というミステリーだという事は分かりますが、私は人の名前を覚えるのが得意ではないので「12人も出てこられるとキツイなぁ…」と思いながらページをめくると、なんとその数20人!
\(^o^)/パニックだよ
結論を先に書いておくと私には分かりませんでした。
ただ、セミナーを開いて宗教団体のメンバーを吸い上げたり、劇団が絡んだり、メディア展開したりと、よく短編小説に収めたなぁと思うぐらいストーリー展開に幅があるんです。あと、宗教団体特有の「おめぇさっきから何言ってんだ?」みたいな、わけわらん語の部分にリアリティがあるなと思いました。

「悪い春/著 恩田陸

P118〜125
「あの人、やたら怒ってたよねえ。徴兵制ではありません、平和サポートボランティア制ですって」
「ったく、なんでも『平和』と付けりゃ許されると思ってさー」
〈中略〉
武道館でのコンサートと一緒に壮行会をやるのは、すっかり春の恒例行事になってしまっていた。
「今年はウメクロだっけ?」
「はい。姪は大ファンだったので、喜んでましたよ」
ミュージシャンのあいだでも、壮行会コンサートに呼ばれるのは名誉なこととされているらしい。必ず「世界平和のために貢献する皆さんを誇りに思います」という挨拶をするんだろうな。
「ウメクロ、平和サポートボランティアのCMソングも歌ってたもんなあ」
「世界の平和を応援しよう! ってやつね」

果たして恩田陸さんはどんな短編を書くのだろうかと、楽しみにページをめくりました。
物語は筆者(主人公)が書いたエピタフ東京という戯曲の再演があり、B子と吉屋を招待し、終わってから3人で飲んでいるシーンで始まります。『EPITAPH東京』は恩田さんの作品ですから、この筆者は別の世界軸の恩田さんで、アヒージョのオリーブオイルで唇を火傷したB子と、自らを吸血鬼だと言う吉屋にもきっとモデルとなった方がいるのでしょう。
3人は時代の転換点について話していて、B子は阪神淡路大震災がありボランティア元年と呼ばれる1995年を、店の女主人はリーマンショックがあった2008年を挙げます。それを聞いて筆者は2015年もまたボランティア元年じゃないかと言います。
恩田陸さんが選んだ「20」は阪神大震災から20年後の2015年で、解釈改憲によって容認された平和安全法制がテーマです。さりげなくセリフに「二十年遅れて」と入れるあたりがテクい。
私がこの感想記事を書いている今現在、日本を代表する各界の功労者を慰労するはずである総理主催の「桜を見る会」に、支援者850人を招いていた事や、1人5000円でホテルニューオータニで前夜祭を行なっていた事の不審さが指摘されています。学園シリーズでは、『あの人』の「私や妻が関係していたら総理大臣をやめる」という言葉を皮切りに公文書が隠蔽、改ざんされ「李下に冠を正さず」(梨泥棒に間違われないように気をつけようぜ)が口癖だったわけですが、今回は自らの事務所が関与しているうえに、夫人枠も設けられていたというありさまです。作品に登場するウメクロのモデルとなったももクロも参加していた事もあり、笑いながら読んでました。
この作品が描くディストピアは、引きこもりと職にあぶれた50歳までの国民を徴兵制で引きずり出すという産経新聞が好きそうな内容で、ボランティアなので地雷撤去で肉片になっても自己責任というのがズルいところが肝です。
ここでもう一つ脳裏をよぎるのが、東京五輪のボランティア。
東京五輪の中高生ボランティア、問題は「動員」よりも「引率」 | 冷泉彰彦 | コラム | ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイト
東京都は、あくまでこれはボランティアだと説明しているらしいですが、学校という統率された言論空間での契約ですから断れる雰囲気ではないのです。これを踏まえたら実質的には学生動員ですよね。
あっ、ついでにもう一つ。先日、作家の赤川次郎さんが伊集院光さんのラジオに出るというから聞いたんです。そうしたら「表現の自由」に言及しつつ、25年以上前に書いた『プロメテウスの乙女』と同じような状況になってきたと話されていたんです。反政府的な人間を同じブレザーを着た子達が弾圧する物語で、AKBが出てきた時にそれを感じたと。自分は作家だからデモに行ったりはしないけど、次の世代に託すために作品の中で表現していきたいというお話をされていました。
海外で見た酷すぎるクールジャパンの実態~マレーシア編~(古谷経衡) - 個人 - Yahoo!ニュース
クールジャパンの大失敗!AKB48秋元康と安倍晋三の癒着で税金500億円がアイドルに消えた?! - NAVER まとめ
パワハラ、隠蔽、ブラック……でも吉本は「国から100億円」 プチ鹿島「静観できる事態ではない」 | 文春オンライン

ロクデモナイ現実があったとしても、それを背景に素晴らしい作品が生まれる事は自浄作用だと思うので、異世界に行ってハーレムを楽しむような小説よりも、社会に目を向けた小説がもっとあって良いと思います。
で、「悪い春」の感想としては若干物足りなかったです。姪がボランティアに参加した話をした後に、テーブルの上の夕刊に名前が載ってたみたいな終わり方でも私は好きです。

「20/ 著 川上弘美

この作品は小学3年生の少女の視点で書かれている小説で、習学していないであろう漢字については平仮名で書かれています。主人公の「りら」は数えるのがマイブームで、自分でルールを決めて足したり引いたりしてカウントして遊んでいます。途中で同級生の絵(かい)が離婚した父親と面会するシーンがあり、自分の家族と比較して、様々な人生があるのだと気付いて終わります。自分の世界に没頭している小学生が世の中を見て気づくという構成なので、一人称で描かれるのは魅力があります。
ただ、川上弘美さんは大人なので、そこを考えてしまうと性格が捻くれてチュロスみたいになってる私は「騙されてあーげないっ」と思うのでした。(「差し上げる」と「チュロスを揚げる」をかけた)

「20光年先の神様/著 木皿泉

P153
「私たちが真面目に取り組んできた緑化運動の募金箱に、こんな不真面目なものがまじっていました」
それは、和美が書いた小切手だった。
「私に貸したお金を緑化運動に寄付すると書いてありますが、私は誰からも借金をしていません」
トージナホは、そう言って和美の顔を見た。

前半は主人公の和美が金銭感覚がルーズな同級生のトージナホにカモられる日々を送る学生時代です。怨みが計点越えをしてからはトージナホを呪う日々が6カ月続きます。そして後半では看護師になり副師長として忙しい日々を送る和美のもとにトージナホが運ばれてくるという急展開を迎えます。
読み応えがあって面白い作品でした。

誰もいない教室で窓枠の影を十字架に見立てて主人公が祈る(呪う)シーンは印象的で、個人的には『沈黙 -サイレンス-』に近い感じがしました。怨念だけで物語をスクロールするのではなく、後半では赦すという行為が中心に進んで、一瞬だけ意識を取り戻したトージナホと和美の視線が交差して、学生時代の2人に戻って赦し合うシーンは読者に情景を想像させるには充分すぎる文章力です。
病院という場所を出しつつ、ちゃんと死者と生者を出して命の循環を描いているのも良いと思いました。
私も中学生の頃にCDをパクられているのでこの作品は刺さりました。(黒歴史

マダガスカル・バナナフランベを20本/著 桐野夏生

主人公の涼子はデブで見栄っ張りで傲慢な彼氏の落合が浮気している事に気付いて嫌気がさし、別れ話をしようと思っている。というところまでは理解できたのですが、その後がイマイチ私には分かりませんでした。
月9に出てくるようなオシャレなお店なのに、歌い出した女性歌手がド下手という部分で話の流れが変わります。それがきっかけで2人は耳障りな歌にイライラし始め、いつの間にか口論となってオチ。…が私には分からないのです。
違和感でいうと、ラブホテルという単語が7回も出てきたり、口論の中で唐突にマダガスカル・バナナフランベという表題が出てきたり、トリッキーな感じがして、以前に読んだ『全裸刑事チャーリー』というマジで理解不能なぶっ飛んだ作品を思い出しました。

「いま二十歳の貴女たちへ/著 白石一文

「人生には正解がないので誰も正しい答えを出すことができない。自分自身で考え続けるしかない」という事をひたすら書き綴った作品です。
最初の切り口は一神教における宗教対立を例題にしていたので、どのようにスクロールしていくのだろうかと興味をそそられました。でも、そこから不倫に話が飛んだのでラブホテルの嵐から脱した私は「ほぇ?」とアホみたいな声を出してしまいました。笑
リップスライムの『WHY』ですね。
http://j-lyric.net/artist/a000793/l00204a.html

ペチュニアフォールを知る二十の名所/著 津村記久子

P209〜210
ドット市長はすぐさまケシをすべて引っこ抜き、ペチュニアを植えさせました。川沿いには、アヘンを精製する施設がまだ残っています。いやいや建物だけです。今は製粉所になっていますよ。水車小屋が隣接した、のどかなかわいらしい建物です。

パワースポット巡りが好きな主人公が旅行代理店を訪ねると、「ペンシルバニア州にあるペチュニアの谷がオススメなんだぜございます」と勧められます。そこから20カ所の名所を説明されるのですが、気付いたら軽妙な語り口でダークツーリズムをぶち込まれてしまうお話です。
ペチュニアフォールは炭鉱業が盛んな町で、シオドア・ドットという貧しい園芸家が製鉄所の社長の一人娘であるエリザベスと結婚して20年もの間、市長としてペチュニアフォールを治めました。読み進めていくとその実情はルーマニアのエレナ・チャウシェスクのような独裁者によって支配されている事が分かります。ルポタージュとして書いたらけっこう禍々しさのある文章になるでしょう。それが「あれれれれぇ〜? 見てよこのヘルメット。こめかみに穴が空いてるよぉ? だって、炭鉱夫達は管理されていて銃は持ってなかったんでしょう? 変だと思わない?」と、名探偵コナンがすっとぼけたトーンで話しているのに似ているのでジワジワくる面白さなのです。
旅行代理店からすればそんな呪われた土地に誰も行かないから、スピリチャル大好きっ子な主人公を洗脳して、今年が炭鉱火災から150年目にあたるから見に行ってはと言うわけです。短編小説という形ではありますが、この作品をプロローグに新しい殺人旅行ツアーが始まってもおかしくありません。

「ウエノモノ/著 羽田圭介

P225
「どうですかお兄さん方、おっぱいで温まりませんか?」
飲み終えた邦生たち四人が雑居ビルから出てきたところで、男につかまった。

マンションの騒音トラブルを描いた作品です。
昔、『世にも奇妙な物語』で見た『Be Silent』という作品を思い出しました。『Be Silent』は聴覚過敏の音楽家があらゆる環境音を騒音に感じてしまい、防音工事をし始め、妻は一緒に暮らす事ができなくなり離婚。最新の防音室にこもり、究極的な無音の状態を手に入れたかと思いきや、自分の心臓の鼓動がうるさく聞こえてしまい自殺するという話です。
それを頭に浮かべつつ『ウエノモノ』はどのように騒音の元凶である住人とやりとりするのだろうか?と注目していたのですが、中盤から下ネタルートに入ったので冷めました。

「ブリオッシュのある静物/著 原田マハ

P241〜242
「死ぬまえにもう一回だけニューヨークに行きたい」と懇願されて、母と私は「いいかげんにして」「絶対ムリ」と猛反対したのだが、
「医者が三人もいるんだから大丈夫。……いや違う、むこうにいけば、マサエとアーサーがいるから五人よ!」
と開き直る始末。ちゃっかり自分も医者側にカウントしていた。

読者は先ほどまで、アダルトビデオが大音量で流れるマンションの一室に居たわけですが、舞台はメトロポリタン美術館に移ります。笑
羽田圭介ワールドから原田マハワールドへの移行が面白すぎて前半がピークになってしまいました。(作品に対する正当な評価じゃないっていう)

この作品は親子三世代に渡る医者のホームドラマです。物語の中心はエリート女医だった祖母のタマコさんが、自分の寿命はもう長くないと悟って旧友に会うために最期の旅に出掛けることなのですが、タマコさんの孫にあたる主人公が比較的恵まれた環境にいるので、感情移入するのが難しかったです。旅に帯同して一緒の画面に映るよりは、かつてタマコという祖母がいて実は幼少期の頃に自分も一緒に旅をしていたというような追体験の形をとったほうが個人的には好きです。
あと「ブリオッシュは知らないけど、フィレオフィッシュなら知ってる」程度の脳みそしかない私には、なぜ『ブリオッシュの静物』がチョイスされたのかがよく分かりません。被写体として描かれているのは6つのアイテムですから、別に親子三世代を意味するものではないですよね。制作されたのが1920年だから、「20」縛りで選んだという事でしょうか?

「人生リングアウト/著 樋口毅宏

P263〜264
俺は自分に言い聞かす。いまさら言うまでもなく、プロレスは殺し合いではない。ビジネスだ。第一試合の若手による地味なグラウンドに始まり、選手全員で徐々に盛り上げていき、大技連発のメインで満足したお客に、「次はもっといい席で観よう」と思って帰ってもらう。レスラーとしてそれ以上の仕事はない。プロだからマッチメイカーの言うことを聞くのは当たり前だ。かつては俺も誰かに煮え湯を飲まされてきた。いつか星を返すことを知っててと信じて。それに自分の意見だけを通していたら金は稼げない。だがしかし。

これは90点は余裕で超える作品です。
私はプロレスについての知識がないので、物語に入って行けるのか不安だったのですが、冒頭から主人公のマムシと将来有望視されるカトウの試合で始まるので楽しい。セリフの設計はバトル漫画みたいで、スピーディーなやりとりが読者の頭の中に殴り合う2人の男を存在させます。これだけでも結構引き込まれるのですが、その試合の途中でマムシは自身が過ごした20年のレスラー人生の走馬灯を見るんです。これによって読者はこの試合に至るまでの過程を知る事になるわけで、上記引用文はその走馬灯の終盤に当たります。
プロレス人気が衰えて、有名レスラーにもなれず歳をとり、若手との世代交代が自分に与えられた唯一の役であるとマムシは自覚しています。そんな中、「プロレスは八百長だから見ない」と言っていた父親が病魔に蝕まれ、死ぬ間際にコッソリ見にきていると知ったマムシは決意を固めて、古いと言われたラリアットプロレスでカトウを沈めるのです。
「プロレス好きな方が読んだら泣くんじゃないか?」と思うぐらいにカッコいい作品です。

「ヴァンテアン/著 藤井太洋

P278
〈ヴァンテアニン〉を用いるサラダコンピューターは〈ファブリカント〉の最大のヒット商品となったーーというのは控えめな言い方だ。iPS細胞に匹敵する日本発のバイオ商品となり、農家とサラダ用のボトルを作るメーカー、そして日本の和菓子産業を潤した。

この作品における「20」はアミノ酸A、G、C、Tの成果物の数で、女性科学者の田奈橋杏が21種類目のアミノ酸〈ヴァンテアニン(フランス語で21の意)〉を作り出したという話です。
遺伝子組み換えした大腸菌に羊羹を食べさせ、微分積分計算をさせるというアイデアはぶっ飛んでいるように感じますが、粘菌なんかは迷路に置いておくと最短距離でゴールまで伸びていくと言われてますから、微生物を使って計算機を作るという着眼点はけっこう鋭いと思いました。あと、物語のラストが宇宙空間で終わるのがドラえもんの『バイバイン』っぽかったです。
【ドラえもん】 恐怖!くりまんじゅう問題の解答まとめ - NAVER まとめ

「法則/著 宮内悠介」

P293〜295
20.自尊心のある作家なら、次のような手法は避けるべきである。
・犯行現場に残されたタバコの吸い殻と、容疑者が吸っているタバコを比べて犯人を決める方法
・インチキな降霊術で犯人を脅して自供させる
・指紋の偽造トリック
・替え玉によるアリバイ工作
・番犬が吠えなかったので犯人はその犬に馴染みがあるものだったとわかる
・双子の替え玉トリック
・皮下注射や即死する毒薬の使用
・警官が踏み込んだ後での密室殺人
・言葉の連想テストで犯人を指摘すること
・土壇場で探偵があっさり暗号を解読して、事件の謎を解く方法

あるいは、こんな規則。

11.端役の使用人等を犯人にするのは安易な解決方法である。その程度の人物が犯す犯罪ならわざわざ本に書くほどの事はない。

僕は確信した。
あのときオーチャードを殺せなかったのは、僕が使用人であったからなのだ。
ーーこの世界は、ヴァン・ダインの二十則によって支配されている世界なのだ。

ここまで16作品を読んできましたが、『法則』はここまで登場していなかったメタ構造の作品です。最近で有名なメタ構造の作品だと『カメラを止めるな!』が分かりやすいですね。メタ構造は作中のフィクションをいかにして遊ぶか?という自由度の高いジャンルだと思います。『スーパーマリオメーカー』もある種メタいゲーム。
『法則』の主人公はオーチャード家に仕えていた使用人で、オーチャードの娘のジェシカと身分違いの恋をし、それがバレてーーという流れは『デスパレードな妻たち』やら何やらで散々使い古されてきた設定ではありますが、この作品は推理作家のヴァン・ダインが提唱する二十則に支配されている世界なので、オーチャードを殺したいのに殺せないというのが面白いところ。
しかもこの縛りは主人公と世界のみならず、著者である宮内悠介さん自身に対する縛りであって、読者に向けて「こういう縛りがありますが、私はかいくぐって魅せます」と宣言するというカッコいい構図になっているわけです。
主人公はいかにして殺人を遂行したのか。そのオチに関しては本当に綺麗なので書きませんけど、結末と逆の比喩で言えば、燃え盛る小屋の中から見事に脱出するようなマジックでした。
マイナス点があるとすれば、「アールヌーヴォー風」という単語が『ヴァンテアン』と被っていたことぐらい。

「廿世紀ホテル/著 森見登美彦

P313

かくして平太郎は夜ごとホテルへ通いだしたのであった。夜更けの十時頃に一度だけ、例の恐がり屋のホテルマンが夜食のバタつきパンと珈琲を持ってくる。平太郎は濃い珈琲を飲みながらひたすら待った。たいていの怪奇は真夜中前後に起こる。

舞台は大正時代の京都。非科学的な事は一切信じない主人公の平太郎が、妖怪が出ると噂される廿世紀ホテルを調査するお話です。
こうした短編小説でも「京都」と「不思議」と「恋」で創り上げる森見さんの才能はスゴイなと思いますし、途中から耳なし芳一のラブコメみたいになってくるのが面白かったです。
ラストの部分に関しては、ジブリ映画の『風立ちぬ』みたいな切なさもあって、新聞社から依頼されて2020年を目前に書かれた作品としては、真正面から受け止めつつ、森見さんのフィルターを介して完成されているなぁと、おばけ屋敷から出た後の清々しい読了感が魅力の作品でした。

「もう二十代ではないことについて/著 山内マリコ

主人公の女性が他人と自分のステータスを比べて肩身の狭い思いをしつつ、不動産屋で部屋を探すお話です。
駅に近い理想通りの物件であれば、自転車を漕ぐ楽しみを知らなかっただろうなという、妥協する事を楽しみに変えるという悟りみたいなものを感じるラストでした。
一点、引っかかったのがその自転車がルノーの折りたたみ自転車である事。この主人公は美大を出ていて、見た目重視で買った折りたたみ自転車を一度盗まれているんです。移動手段が徒歩とタクシーしかない状態で、折りたたみ自転車を買ったというのがしっくりきませんでした。ママチャリのほうが安いうえに荷物を運べますし、冒頭で薄給を嘆いていたのに折りたたみ自転車をチョイスした事に納得できません。なぜ、私がこんなに自転車にこだわるのかといえば、高校一年生の夏休み前の終業式が終わって、大量の荷物を抱えて駅に向かうと自転車が盗まれていた過去があるからです。(黒歴史

「20×20/著 山本文緒

P346
仕事量は同年代の作家に比べて少ないほうだ。定期的な仕事は長編連載が一本とエッセイが二本。長編は毎月二十枚、エッセイは合わせて十六枚である。
〈中略〉
この筆の早い作家ならば楽勝と呼べる枚数が、毎月雑巾を絞って絞って最後の一滴を絞り出すようにしなければクリアできなくなっていた。

主人公の美保子は主婦と作家の二足の草鞋を履いていますが、作家業については限界を感じていました。夫の理解もあって、缶詰になれる環境として自宅とは別にリゾートマンションの一室を借りています。物語の前編は作家の苦悩、中編はそのマンション住人とのやりとり、そしてラストは消極的な自分に声をかけてくれた住人が亡くなったのに名前が分からず、そんな失礼でさえもエッセイに書いてしまうのか?と煩悶して終わるのです。
途中でマンションの庭を荒らすイノシシを捕獲するシーンがあって、これが締め切りに追われる美保子との対比を印象付けると同時に、作家のグロテスクな部分を際立たせる名バイプレイヤーの役割を果たしています。(実際問題、捕獲されたイノシシって自分の顔から血が出ても檻に突進し続けるんですよね)
漫画『HUNTER×HUNTER』の32巻に「懺悔」というエピソードがあります。殺し屋だった男が化け物に捕食され、化け物として生き残り、自らが人間だった時に撃ち殺した少女の生まれ変わりに再開して懺悔するという、ファンの間では有名なエピソードです。せっかくなのでその台詞をご紹介。

「オレはこうなる前、人を消す仕事をしてた。命じられて引き金を引く。それ以外の時間は誰かを怒鳴ってれば良かった。誰にでもできる仕事さ」

この台詞は「面白くなるならどんな登場人物でも殺す」という作者の冨樫義博さんの事を指しているようにも読めるのです。バトル漫画やミステリー小説は誰かが死なないと話が進まないので仕方ない部分はあると思いますが、『20×20』では現実世界に存在する誰かの不幸をネタにする事を躊躇する作家の心境を描いています。濃淡はあるものの、心理描写を描く人間ならば、残酷さに鋭敏である事は必要不可欠なのかもしれませんね。
それを見事に文章で表現した山本さんと真逆に位置するのがパパラッチ!
【ねほりんぱほりん】芸能スクープ記者、ゲスなゴシップで稼いだ金で食う飯「全然美味しいっすよ!」 - Togetter
『ねほりんはほりん』でやってましたわ。何とも思わないサイコパスっぷり。

おわりに

同じテーマで20人の作家が短編小説を書いた時に物語の方向性や単語が被る感じが面白かったです。江國香織さんと森見登美彦さんの不思議な話や、単語で言えばアヒージョとかアールヌーヴォーとか。
仮にNo.1を選ぶとしたら…『人生リングアウト』かなぁ。
現在と過去に触れつつストーリーを展開していく作品は他にもありましたが、走馬灯という過去を一瞬に凝縮する現象から、生死を分けるリングの生存競争にフィードバックする力強さと、八百長だと言っていた父親の目の前でその運命に抗う姿がカッコよくて、総合点が高い作品でした。
20作品を読み終わって、再びカバーに目をやると「最強の文庫オリジナル」という言葉に違和感を覚えます。前にも書いたのですが、私はアンソロジーという形式は美術館や博物館と同じように、それぞれの作品がより魅力的に見えるように配置しなければならないと思っています。その点で本書『20の短編小説』は著者名で五十音順に並べただけなのです。ここには手抜きを感じざるを得ません。
もったいない!
なぜこんな姉歯建築、レオパレス設計にしてしまったのでしょうか? その結果羽田圭介ワールドから大音量の喘ぎ声が漏れ出て、ほっこりする作品のはずの原田マハワールドを大爆笑の渦に巻き込んでしまいました。
混ぜるなキケン!
これでは小説トリッパーではなく小説クラッシャーです。「あとがき」や「解説」もありませんでしたから、編集部にマイナスポイント。
あとは、企業からメディアまでが2020年東京五輪のマークを付けて一つの方向性に流れていく中で、それに冷や水を浴びせかけるような社会派の小説があっても良かったと思います。

 

おわり