モブトエキストラ

左利きのメモ魔が綴る名もなき日常

「BRUTAS〜世界が変わるときに読む本。〜」の感想(読書は知識のオープンワールド)

買っちゃった

斎藤幸平さんが今ブームで、あちこちで名前を見かけます。私はASIAN KUNG-FU GENERATIONのゴッチさんや坂本龍一さんを中心にやってるD2021の配信で斎藤さんを知りました。計画的陳腐化という考えについて話されていたのは勉強になりました。

その斎藤幸平さんがBRUTASの特集に登場するというではありませんか。
『危険な読書』特集ではなく『世の中が変わるときに読む本』特集!

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表紙はこんな感じ。
飛び出す絵本の構図で燃え上がるスマホ、ファッション、食事、電気自動車、宇宙開発、富裕層と紙幣、医療従事者、有色人種、ジョー・バイデン

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中身もポップでワクワクするイラストです。

内容に関して一言でいえば面白かったです。もしかしたら今年の『危険な読書』特集よりも面白いかも…笑
というのも、こういう特集になるとひたすら本の紹介になってしまって、紹介者の意見が薄まってしまう部分があるんです。文字数的に難しいのもあるでしょう。でもこの特集は世界共通の感染症災害に見舞われた中で作家達がそれぞれ何を考えて過ごしていたのかという部分にも触れていて、本人が言いたい事を言ってるところにも安堵しました。まだ雑誌の中に自由な言論空間があるのだと。
多和田葉子さんはドイツから見た日本の感染症対策と歴史を忘れようとする力について書かれていました。

P20 「彼らは、話をして共鳴する部分があったら結びつき、そこから仲間意識や連帯が生まれる。それは例えば、同じ興味を持つ者が集まってプロジェクトを進めるうちに、湧いてくる感情に近い気がします。」

連帯について書かれているこの部分を読んで、今年注目されたアメリカのBLMや自由が奪われた香港、独裁に対して女性達も声をあげたベラルーシ、王政に対して若者を中心にデモがあったタイの事を思い出しました。(そういえば日本でも、IOCのバッハ会長が来日した時に五輪反対のデモがありましたがテレビでは取り上げられませんでしたね)
読み進めていくうちにとある名前で私の手が止まりました。

P25 溝口力丸伊藤計劃虐殺器官』のヒットを経てゲームやアニメも楽しむ層のSF読者は増えました。」

伊藤計劃…あっ!この名前は!

人間が生きているのは、どんなかたちであれ他の人間に記憶してもらうためだ。人は死ぬ。でも死は敗北ではない。
〈中略〉
その人が成し遂げたことの意味は、こだまのように人から人へと伝わってゆく。
伊藤計劃メタルギア ソリッド ガンズ オブ ザ パトリオット小島秀夫『創作する遺伝子』より)

小島秀夫さんのこの言葉を思い出して、作者の死後も受け継がれている事にちょっと感動。(といいつつ私はSFのジャンル詳しくない)
SFというジャンルが映画やゲームで存在感を増す中で、小説におけるSFはどのような役割を果たせばいいのかという話は興味深かったです。
笑ったのが次のページの真藤順丈さんと平山夢明さんの対談。

P26
平山 俺がおかしいと思うのは、占い師がいまだに営業を続けている事だよね。誰もこの状況を言い当てたやつはいなきじゃん。
真藤 無理やりこじつけているんじゃないですか。運気的に大変動のは年のような気がした、とか。
平山 そんなズルが許されるのかよ(笑)。

これが初めにあって漫才が始まったのかと思いました。笑
トランプの話、日本の新型コロナの対応の話、真藤さんのお友達が久しぶりに会ったらネトウヨになっていた話などが語られ、その度にスティーブヴン・キングの『霧(ミスト)』やハンナ・アーレントの『エルサレムアイヒマン』などに例えられていました。「こうはなりたくないよね」というものに、自分達が追いついたどころか追い越してしまうかもしれない。その焦燥感と共に「作家は希望を書き続けないといけない」という対談でした。
あとコロナ禍の間に生物学者福岡伸一さんが読んだ5冊の本の話で、表と裏、光と影、アクセルとブレーキの後者について考えたという話が、冒頭の斎藤幸平さんの意見と繋がっているなぁと思いながら読みました。「コロナは人間に正気を取り戻させるモラトリアムである」という指摘は生物学者っぽくてカッコいい。

特集として面白いなと思ったのが実際の新聞社の書評記事をスクラップにして並べて見開きにしてるコーナーです。BRUTAS自体が今読むべき本を紹介する特集をやっているのに、そのコーナーの中で新聞社が今読むべき本を紹介している構造がマトリョシカみたいで面白い。
P60の「私たちは生まれてこないほうが良かったのか?」という反出生主義に関するページでは『進撃の巨人』が選ばれていました。
「THE NEW CLASSIC」という冊子も付いていて、科学者である中村桂子さんと養老孟司さんのお二人が読書遍歴を語られています。中村さんは争いが苦手なので『鬼滅の刃』は読んでいないとか、養老さんも養老さんで恋愛は病気だから『ノルウェイの森』も『キッチン』も読んでないと語られているのが良かったです。好きなものと同様に苦手なものも載せてくれないと面白くないですもんね。
トリッキーだったのはハマ・オカモト開高健の対談企画。目次を読んだ時に「どういうこと?」と頭にクエスチョンマークが浮かびましたが、別にイタコを読んでいるわけではなくて、40年前に発売されていた『超時間対談』という対談本をオマージュした企画。本文は開高健さんの著書を基に創作したものだそうです。『超時間対談』のイラストを手がけていたのが昨年にお亡くなりになった和田誠さんで、そこにもリスペクトを込めて100%ORANGEさんがハマ・オカモト×開高健のイラストを描いています。この手法が許されるなら向田邦子さんとの対談企画も見てみたいなと思いました。
特集のラストは『MOTHER』のファンが好きな言葉を集めた企画。
主人公が勇者というRPGのお約束を破ったのがMOTHERの斬新なところ。移動も楽しみの1つとして演出されて、音楽のクオリティもすごい。ドット絵も特徴的でこのゲームデザインが機能したのは岩田聡という天才プログラマーがいたからこそ完成したのだと私は思ってます。でも、世間は岩田さんに対する評価よりも糸井重里スゲー!という電通的な評価が圧倒的&思い出補正がかかりすぎて宗教っぽくなってるのが若干キモいと思ってて「ふーん…これで終わっちゃうのかぁ」って。
そしたらトビー・フォックスの名が!
テンション爆上がりですよ!笑
しかもラスボスのギーグについての見解が語られてるではありませんか。
しかもこの見解は『アンダーテール』のサンズに通じる解釈なんです。

ナイス!キャスティング!
とりあえず「世界が変わる時に読む本」という特集のページはここまで。

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他には今月号のBRUTASにも宇多丸さんが出てました。YonYonさんとKIRINJIについて対談してました。これは読み応えありました。それとジョン・カビラさんの父である川平朝清さんの連載も同様に読み応えありです。

おわりに

短歌のコーナーなんかはまだ読み込めてないのですが、読書は終わりがないんじゃないかと改めて感じました。読書の楽しみは知識が連鎖する事だと個人的には思っていて、過去の人々が書き遺したものを含めて地球が復元できるぐらいの情報量がある。この知識のオープンワールドゲームでは言語を飛び越えて新しい知識を手に入れると同じ世界でも違うレイヤーが見えたりする。それを繰り返すと新たな大陸を発見できる。いわば無限に楽しめる遊びだと思うんです。そう強く思ったのは、養老孟司さんが「実に時間が足りません」と書いていた部分。
無限に楽しめるけど有限な私達には時間が足りない。その問題を解消してくれるのがBRUTAS こんな本ありまっせと私達をナビゲートしてくれる親切設計。
ここまで世界が激変する事もないですから『世の中が変わる時に読む本』は今回だけ浮上する大陸。そりゃあ買いですよね。
気掛かりなのは『危険な読書』特集をやるかどうかという問題。いつもわりと上半期にやる特集ですし、今回1月1日と15日の合併号でこのクオリティが出てしまったら、やらない可能性あるよねというのが一つ。もう一つは仮に特集組んだとして、今回のクオリティと並ぶか超えるかしないと見劣りしてしまう事。
特集を重ねるごとにガンガンハードルが上がっていくBRUTAS編集部ピンチ!笑

(おわり)