モブトエキストラ

左利きのメモ魔が綴る名もなき日常

「エンターテイメントという薬 ー光を失う少年にゲームクリエイターが届けたものー/著 松山洋」の感想

ファミ通の広告に載っていた本

私が本を買う時の行動パターンはテンプレ化しつつあって、「書店に行って見る」「目録を見る」「ネットで検索する」の3つを基本にーー

  1. この人の本が読みたい
  2. パッと見おもしろそう(ジャケ&ワードセンス)
  3. 面白いと評判だから確かめてみる

のいずれかで選んでいます。
でも、今回は初めて広告を目にして「読んでみたいなぁ」と思って購入しました。(その広告というのも何年かぶりに買ったファミ通に載ってた広告だったりして)

f:id:ebiharaism:20180221124609j:image
商品を良いように映すことが広告の役割です。それを分かったうえでも読みたいと思ったのは、目が見えなくなる少年の「発売前のゲームで遊びたい」という夢を叶える内容だったからです。
自分でもよく分からないのですが、私は目が見えない人と同じ世界を見る事に惹かれてしまうのです。その広告を見た瞬間に以前に読んだ「10分間ミステリー」の中にあった「茶色ではない色」という小説をフラッシュバックして余計に読みたくなりました。
「10分間ミステリー THE BEST」の感想 - モブトエキストラ
感想を書くにあたって考えたのですが、いつものように引用を多用する書き方はやめます。というのも、まだ出版されて新しい本なのでプレビュー稼ぎみたいになるのが嫌だというのと、もう1つはこの本の売り上げが寄付されるので販売数が落ちる事はしたくない。というか、逆に売れて欲しくて仕方ないのでなるべく続きが気になるように書きたいと思います。

人々は少年のために動いた

本の構成は2006年12月23日、作者である松山洋さんの携帯にバンダイナムコの今西智明さんから電話がかかってくるシーンから始まり、本を出版するにあたって、協力してくれた人々に取材を行い当時の心境などを尋ねるという丁寧な構成になっています。ジャンルでいえばドキュメンタリーですね。
冒頭のシーンについて詳しく書いておくと、もともとは「がんの子どもを守る会(のぞみ財団)」のソーシャルワーカーである樋口明子さんが送ったメールがきっかけでした。
メールには当時21歳の藤原ヒロシ君のことが書いてあり、彼は1歳の時に網膜芽細胞腫を発症して右目を失い、小中高を片目で過ごし、19歳になって左目にがんが見つかります。彼は2年間闘病しましたが、約3週間後の2007年1月9日に左目を摘出することが決まります。残された時間の中でヒロシ君が願ったことは2007年1月18日に発売予定の『.hack//G.U.』を遊んでみたいというものでした。
樋口さんのメールの内容を今西さんが松山さんに伝えたのです。

私にはゲーム業界のことはわからないし、メーカーの事情もわからない。けれど、もし、発売前のいまの時点でゲームが完成していて遊べる状態にあるのであれば。少しでもいいから、彼に遊ばせてあげてほしい。もし、完成していなかったとしても。少しでも何か見せてあげられないものだろうか。ほんのわずかでもいいので。

このやりとりが書いてあるのが13ページなんですが、この熱量のまま物語がスクロールしていきます。
私は「あっという間に読んでしまった」という本の感想やレビューを見聞きすると「ちゃんと読んでいないのでは?」と思ってしまうのですが、この本はあっという間に読んでしまいました。文字が大きく128ページと薄いものではありますが、とにかく推進力がすごくてページをめくる手が止まらない。

冷静を装っていたものの、そのときの私の手は震えてました。3週間後に手術? それで目が見えなくなる? あまりにも突然の話。あまりにも過酷な内容。悲しみと苦しみが入り混じる感情に揺さぶられつつも、胸の中には熱いものがこみ上げていたのです。その少年は、「遊びたい!」と言ってくれた。3週間後に手術を控えた"いま"、遊びたいと言ってくれたのだ!
そのゲームソフトこそが、我々が開発した『.hack//G.U.』だ。2006年5月に『.hack//G.U. Vol.1 再誕』、同9月に『.hack//G.U. Vol.2 君想フ声』を発売し、来たる2007年1月18日には満を持して、完結作である『.hack//G.U. Vol.3 歩くような速さで』を出そうとしている。きっとその少年は『Vol.1』と『Vol.2』を遊んでくれたのだろう。そして、続きを楽しみにしてくれている。けれど、発売日は手術の9日後。このままでは間に合わない。このままではーー。

こちらは本の帯に書かれている文章です。

この後、ストーリーが進んでいくわけですが、当然事務的な対応もできたわけです。でも、そうはしなかったというのがこの本の核心部分です。
私には『一つの感動的なお話』とするのは誤解で『自分は誰のために何ができるのか?』というのが『エンターテイメントという薬』というタイトルをつけた著者の問いかけだと感じました。

多くの人々の協力により成り立っているドキュメンタリーです。登場人物とハードボイルドなジャムおじさんの紹介をしておきたいと思います。

 

松山洋
サイバーコネクトツー社長であり著者。
ラジオのリスナーからは『ぴろし社長』と呼ばれていた。

松山洋@サイバーコネクトツー (@PIROSHI_CC2) on Twitter

今西智明
バンダイナムコエンターテイメントのゲームをプロデュースする偉い人。

バンダイナムコエンターテインメント | 異動ニュース

中田理央
.hack//G.U.』のゲーム開発、プロモーションを手がけた『.hack』シリーズ三代目プロデューサー。ラジオリスナーからは『リオP』と呼ばれていた。

内山大輔
初代『.hack』を立ち上げたプロデューサーであり、バンダイナムコの名物プロデューサー。ラジオリスナーからは『うっちー』と呼ばれていた。
内山大輔 (@Uchiyamader) on Twitter

櫻井孝宏&榎本温子
声優であり、文化放送で毎週日曜日の深夜に放送されていた『.hack//G.U.RADIO ハセヲセット』のパーソナリティをしていた。松山さんから「とあるお願い」を頼まれる。
櫻井孝宏 - INTENTION
榎本温子 (@atsuko_bewe) on Twitter

澤田悦己
コンテンツ制作本部の副本部長。
松山さんから見たサワダさんの印象は、性格が特殊で口が悪いおじさん。今回の物語の表には出てこない。
現在、東中野で『澤田珈琲』というパン屋さんを経営している。
【東中野】イートインOK♪ 「澤田珈琲」のふんわり“焼きカレーパン” | カフェ・スイーツ&パン | 食べる | 中野区都市観光サイト まるっと中野

樋口明子
ヒロシ君の願いをバンダイナムコゲームズに届けたソーシャルワーカーさん。
松山さんの印象ではとても明るい女性だそう。
がんの子どもを守る会
藤原ヒロシ
網膜芽細胞腫に蝕まれ青春時代を片目で過ごしたわんぱくな青年。片目でも教室の後ろから黒板の文字が読める視力があったが、目の見えない死角からちょっかいを出される事があった。それでも怯まずに義眼を外して怖がらせていた。
19歳になり左目を失う恐怖の中で『.hack//G.U.』というゲームに出逢う。

藤原里
ヒロシ君の母。17歳の時にヒロシ君を授かる。夜に目が光っている我が子の異常に気付き病院に向かうーー。
その後はヒロシ君と弟の翔君との3人暮らし。

幸恵
18歳の時に交通事故に遭い視力を失った女性。北海道の視力障害センターで学生として訓練していたところ、顔も分からないヒロシという青年に告白され、現在は妻であり母親として子育てに奮闘中。

益子春奈
読売新聞の記者。2015年に『命見つめる 全盲夫婦の子育て』という記事を執筆。この記事が再び松山さんとヒロシ君を結びつける。
【宮城】:企画・連載:命見つめる 全盲夫婦の子育て:地域:読売新聞

Gzブレイン
様々な媒体を通してゲームの面白さを伝えることに特化した会社。ファミ通でおなじみ。
株式会社Gzブレイン

この本を出版するにあたって、私が発行元であるGzブレインに出した条件がふたつあります。
ひとつは、本の売り上げの一部を"がんの子どもを守る会"への寄付に回していただくということ。ヒロシくんのような子どもを少しでも助けてあげられるように、とお願いしました。
ふたつめは、この本を出版する歳に紙の本だけでなく、電子書籍でも出版していただくということ。ヒロシくんのように目の見えない人たちは紙の本のを読むことができません。電子書籍であれば、音声で読み上げてくれるアプリなどを使って内容を知ることができる。ヒロシくんたちに届けることができるのです。
これらふたつの条件をGzブレインは快諾してくれました。
あとは、ひとりでも多くの方にこの本を読んで(聞いて)いただけることを願います。
とくに、私のようにゲーム業界で働く人たちや、漫画・アニメ・映画といったエンターテイメント業界で闘っている方々に。

紹介は以上になります。

 

読み終わってから「なぜ大きな文字で書いてあるのか?」について暫く考えました。

子どもにも読めるようにというのもあるのでしょうが、これって視力が悪い人にも見えるようになっているんですよね。電子書籍なら拡大ができますけど、紙媒体では難しいですから。
社会問題に関する本を読んでる時に時々思うんですけど、物事の概要を活字で読者に伝えるのって著者が黒子に徹する瞬間なので、冷たく感じる場面でもあるんです。(逆に自分の存在感を消せる俳優さんほどナレーションが上手いのと同じように、黒子になれる筆者ほど文章力が上手いのだと思います)
その点でこの本は文字のフォントを変えることで熱量を落とさずに伝えています。それと、松山さんと内山さんが初めてヒロシ君と対面する際に「悲しい空気にならないように努めよう。なるべく明るく、これから手術をする少年に精一杯応援の気持ちを伝えよう」と会話を交わすシーンがあるのですが、この言葉の通りにこの本も視力を失った悲しみだけではなく、その先にある生活の問題、人間の感覚器官の不思議さ、心の底から溢れてくる愛情の強さが書かれているのです。恐らくここまでデザインされて作られたのだと私は推測します。

それもあって、読書の習慣がない方でも読める内容だと思いますし、個人的には学校の図書室だったり、育児書の棚にあってもいいと思います。こんなに温かい本も珍しいので是非、多くの方に読んで欲しいです。

おわりに

ラジオとゲームが好きな自分にとってはピッタリの本でした。
現在、巷では「eスポーツ」が話題となっています。もし、ゲームというメディアが身体的なハンディキャップを超えるものになったならノーベル平和賞を受賞できると私は思っています。「強い・弱い」の尺度の優劣はありますが、偏見に基づく差別は減ると思うのです。
インターネットの発達によって「要求」と「返答」のレスポンスが早まり、私達の暮らしは格段に便利になりました。その弊害が、我慢することを忘れた「寛容ではない社会」として表面化しているとしたら、ゲームという知的好奇心をくすぐるメディアが相互理解の場を提供できるのではないでしょうか。

2018年の2月現在、テレビを点けるとと平昌オリンピック一色です。オリンピックの政治利用は今に始まった事ではないでしょうが、恐らく人間というのは攻撃的でありながらも異なる価値観を理解したい生き物なのだと思います。これから先、eスポーツがオリンピックの種目になったら、プロゲーマーを出馬させるとか、カジノ促進のキャンペーンに利用されるかもしれません。その時はこの本の事を思い出して『そのエンターテイメントは薬になるのか?』と考えてみたいと思います。

ゲームが人と人とを繋ぐ、より良いメディアとなることを願います。